600 こちら 情報 部。 『600こちら情報部』懐かしのコールも!

[B! テレビ] 600 こちら情報部

600 こちら 情報 部

概要 [ ] NHK初の生え抜き会長であるの下で1978年に実施された抜本的な改編の際、生活科学番組『』とともに目玉番組と位置づけられて始められた番組である。 この改編以前のNHKは「国営放送」的体質が強く、総合テレビの児童向け番組も娯楽性に欠けるとされがちだった。 総合テレビの平日18時台は従前から児童向け枠として放送されていたが、『こどもニュース』、、『』、『』といった比較的硬めの番組が当てられていた。 この改編では、この放送枠から『こどもニュース』と『少年ドラマシリーズ』を廃し、また児童向け科学番組の『レンズはさぐる』を19時台の成人も対象とした生活科学番組の『ウルトラアイ』が引き継いだ。 『少年ドラマシリーズ』は帯番組としてではなく、夏休みや冬休みの特番として残されたが、ドラマ性の強い児童向けの番組枠としては、『』に始まる火曜19時30分から20時までのアニメーション枠に引き継がれた。 こうして平日18時台の児童番組枠には従前からの番組は人形劇のみが残され、新たに児童向けの情報バラエティ番組であるこの番組が据えられた。 この番組は、児童向けの情報番組としては『こどもニュース』の路線を、児童向けのバラエティ番組としては前年度に土曜18時台にとの司会で1年間放送された『』の路線を引き継いだが、平日の月曜日から金曜日までと大幅に放送枠を拡大した。 それまでのNHKの番組のスタイルを打ち破り、最近のトレンド情報をある意味では民放以上に追求し、娯楽性も強かった。 特に小・中・高校生を視聴ターゲットにし、トレンド情報以外にもゲストを交えてのトークコーナーなどを放送していた。 特集コーナーに入ると、そのVTRなどの前ふりとして「きょうのビッグ情報はこれだ!! 」と画面に人差し指を指して口上していた。 その特集の例として、解散、アニメのらとのインタビュー、、、のインタビューとスタジオライブ、来日時のインタビューなどが挙げられる。 ほかに、イラストの紹介、金曜日には「なんでも相談」と題した質問コーナーが放送された。 先行番組の『こども面白館』はマスコットキャラクターとしてゴリラの『ドンゴリゴ』を置いていたが、本番組でも同様に、犬の『ロクジロー』というマスコットキャラクターが置かれた。 ゲストを含む出演者は必ず、「600」の文字の入った映画を模したと思しきデザインのワッペンを付けて出演していた。 当時のNHK放送センターの売店では、この600ワッペンや600ロゴ入りメモ帳が販売されており、好評だった。 (通し番号の入ったバッジは ハガキが採用された視聴者に贈られた。 なお、スタジオ出演者用バッジには番号は付いていなかった) には特別番組として皇太子ととの結婚式の中継が17:35 - 18:40に放送されたが、本番組の放送時間と一部重複していたため司会は本番組のキャスターが担当し、リポーターとして本番組からがに派遣された。 また、1983年5月26日放送分では、当日昼に発生した関連の情報を中心に放送した。 前述のとおり、平日18時台の児童番組枠には改編後も人形劇は残されており、この番組に続いて18:25 - 18:40には『』が、次いで『』が放送されていた。 1982年3月に『プリンプリン物語』が終了した後は夕方のローカルニュースを拡充することになり、本番組は放送枠を5分拡大して30分番組にするとともにローカルニュースを18:30からの放送に変更した。 人形劇の放送枠は土曜18時台(『』)に移され 、番組はそれから2年後の1984年3月に終了したが、同時間帯ではその後も様々な子供向け番組が放送された。 当番組の終了から33年後の、関東広域圏で放送の昼前の情報番組『』のコーナー「発掘! お宝番組」にて当番組が紹介され、スタジオに鹿野と帯が生出演した。 当日は番組開始当時のにインタビューした映像などが放送されたほか、人気コーナーだった質問、イラストのコーナーも紹介され、『ひるまえほっと』のスタジオにはイラストのコーナーで使用されたボードが再現された。 このボードには多くの視聴者投稿に混じって、鹿野の孫2人と帯の愛娘が描いたイラストも掲示され、それらとともに帯の愛娘からの手紙も紹介された。 番組枠のその後 [ ] しかし、第2次による放送時間の短縮が当番組終了とともに終わったことに加え、NHKが衛星放送をスタートさせ、全体の編成に余裕が生じるようになったことから、総合テレビでの子供向け番組は1986年に17時台と教育テレビに移された。 また、民放が大型報道番組を次々とスタートさせたことなどもあり、この枠は一般向け情報番組『』に変更された。 最後まで総合テレビで残っていた番組も、平成時代に入ると全て教育テレビと衛星放送に移され、総合テレビ夕方の子供向け番組は姿を消した。 放送時間 [ ]• 月曜 - 金曜 18:00 - 18:25 (1978年度 - 1981年度)• 月曜 - 金曜 18:00 - 18:30 (1982年度 - 1983年度) 出演者 [ ] 司会 [ ]• (ニュースキャスター兼解説者) リポーター [ ]• 福村恵• 中田ひろみ• 麻里もも子• 紺谷昌代• (原江梨子)• 橋本美砂子(元「」のキャプテン)• (出演当時はに在学)• (天莉亜) - 英語通訳リポーター 「なんでも相談」回答者 [ ]• - 科学担当• - 国語担当• - 歴史・社会風俗担当• - ノンセクション(学校生活、友人関係、家族関係、進路など)• - スポーツ・体育担当• 脚注 [ ] [] 注釈 [ ].

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帯淳子

600 こちら 情報 部

今回の発掘映像は子供たちに大人気だった情報番組です! 『600こちら情報部』。 司会を担当した 鹿野浩四郎さんと 帯淳子さん、 『ひるまえほっと』(関東地域のみの放送)の「発掘!お宝番組」にご出演いただきました! コーナーの冒頭、二人声をそろえてお馴染みだったコール! 「600こちら情報部です。 」 貴重な映像を提供してくださったのは鹿野さんです! 武内アナ「当時はどなたが録画していたんですか?」 鹿野さん「僕の記憶ではガチャンと押したんですね、タイマーがあったような気がするんですけど…」 帯さん「出ながら(出演しながら)ガチャンは無いですからタイマーですよ(笑)」 鹿野さん「生放送で(自分の様子が)分からないから、家に帰ってじっくり自分で見て一人反省会です。 その癖が、いまカラオケを歌うと必ず録音して自分の家でじっくり次の日に聞いて、もうちょっとこうしたほうが良いなと…ずっと反省のしっぱなしです。 」 帯さん「実は私も全部録ってあったんですが、引っ越したときに何故か全部紛失してしまったので…」な、なんと!!残念…なんとか見つからないでしょうか(涙) さて、 1978年から6年間、毎日夕方6時に生放送でお送りしていた『600こちら情報部』。 いわば子供版ニュースショー!今はNHKだけでなく民放各局もニュース番組を放送する時間帯。 こちらは首相官邸…! なんと当時の大平正芳総理大臣に小学生の情報部員とともにインタビュー! 女の子「大平さんは、小さい頃に女の子にラブレターを書いたことはありますか?」 「あ~、この女性…え~、…」 武内アナ「大平総理に、現職の総理に!?」 帯さん「Tシャツで!…お優しい方だったんです。 私、大平総理の顔のメイクをさせていただいたんです。 鹿野さん「最後の最後に2人残ったんですけど決まらないんです。 」 帯さん「私のほうは先に決まっていたので、子供たちを集めて、私と2人の方が、同じ仮の番組をやったんです。 そうしたら、圧倒的に浩四郎さんに票が入りまして。 」 武内アナ「最後は子供たちが決めたんですか?なかなか粋なオーディションやりますね、NHKも。 」 2年目からはご意見番役の田端彦右衛門さんも加わり、3人で番組を進行しました。 島リポ「田端さんは80歳を超えて今もお元気でいらっしゃいます。 今日は番組を見てくださっています。 さらにお二人にメッセージを頂いておりますのでご紹介します。 月曜から金曜までは番組で、土日は全国の放送局をまわってサイン会という過酷なスケジュールでしたが、キャスターの2人は良く付き合ってくれたと感謝しています。 ハガキの多さにビックリしますよね!スマホも携帯もメールも無かった時代…あの頃に、ちょっと戻ってみたい気もします。 6年間に送っていただいたイラストは130万枚を超えたといいます。 」 さらに帯さんにも娘の菜奈さんからのイラストが! 「私のイラストNo1は、これだ!」 武内アナ「お嬢さん上手ですね!」 帯さん「成人していますから(笑)」 そして菜奈さんからは手紙も… 「お母様へ 生放送、一発勝負の世界がどれほど難しいか、そしてどれほど面白いものか、『600こちら情報部』の思い出話を聞くことは幼い私にとって絵本を読んでもらうより、アニメを見るより100倍夢中になれることでした。 こんな事を言っていたことが頭にこびりついています。 テレビって発信したら、後は見る人へ届くだけの一方通行に感じるでしょうけれど、そんなことはないの。 見てくださる方に問いかけたら、情報は生き物になるの。 テレビの前の方と情報のキャッチボールをすることだって出来るんだから。 メディアの人間として鋭い感覚を持つお母さまは、私の憧れの存在です。 世界一のファン 娘より」 「涙出ちゃった。 」と帯さん。 「番組自体が子供番組でなく、見ているあなたと私と双方向で話をしようね。 そういう話を小さいころからずっとして…だから心をこめて何でも頑張りましょうと言ってきました。 」 武内アナ「私にとって帯さんと鹿野さんは原点なので、そんな気持ちで伝えている自分がここにいて…とても影響を受けたなと思っています。 」 さて、ここでちょっと番外編! 帯さんには内緒で準備した娘さんの手紙なのですが、書いたご本人の菜奈さんは放送当日お母さんの付き添いでスタジオに! ご本人を見てスタッフ一堂ビックリ!お母さんの若い頃にそっくりです! 6年間で1300回以上の放送があった『600こちら情報部』、最初の4年間は合わせて10回分ほどしか保存がありません。 鹿野さんから新たに5回分の提供がありアーカイブスに登録しました。 本当にありがとうございました! そして今回、田端彦右衛門さんからもビデオの提供をいただき内容の確認中です!.

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概要 [ ] NHK初の生え抜き会長であるの下で1978年に実施された抜本的な改編の際、生活科学番組『』とともに目玉番組と位置づけられて始められた番組である。 この改編以前のNHKは「国営放送」的体質が強く、総合テレビの児童向け番組も娯楽性に欠けるとされがちだった。 総合テレビの平日18時台は従前から児童向け枠として放送されていたが、『こどもニュース』、、『』、『』といった比較的硬めの番組が当てられていた。 この改編では、この放送枠から『こどもニュース』と『少年ドラマシリーズ』を廃し、また児童向け科学番組の『レンズはさぐる』を19時台の成人も対象とした生活科学番組の『ウルトラアイ』が引き継いだ。 『少年ドラマシリーズ』は帯番組としてではなく、夏休みや冬休みの特番として残されたが、ドラマ性の強い児童向けの番組枠としては、『』に始まる火曜19時30分から20時までのアニメーション枠に引き継がれた。 こうして平日18時台の児童番組枠には従前からの番組は人形劇のみが残され、新たに児童向けの情報バラエティ番組であるこの番組が据えられた。 この番組は、児童向けの情報番組としては『こどもニュース』の路線を、児童向けのバラエティ番組としては前年度に土曜18時台にとの司会で1年間放送された『』の路線を引き継いだが、平日の月曜日から金曜日までと大幅に放送枠を拡大した。 それまでのNHKの番組のスタイルを打ち破り、最近のトレンド情報をある意味では民放以上に追求し、娯楽性も強かった。 特に小・中・高校生を視聴ターゲットにし、トレンド情報以外にもゲストを交えてのトークコーナーなどを放送していた。 特集コーナーに入ると、そのVTRなどの前ふりとして「きょうのビッグ情報はこれだ!! 」と画面に人差し指を指して口上していた。 その特集の例として、解散、アニメのらとのインタビュー、、、のインタビューとスタジオライブ、来日時のインタビューなどが挙げられる。 ほかに、イラストの紹介、金曜日には「なんでも相談」と題した質問コーナーが放送された。 先行番組の『こども面白館』はマスコットキャラクターとしてゴリラの『ドンゴリゴ』を置いていたが、本番組でも同様に、犬の『ロクジロー』というマスコットキャラクターが置かれた。 ゲストを含む出演者は必ず、「600」の文字の入った映画を模したと思しきデザインのワッペンを付けて出演していた。 当時のNHK放送センターの売店では、この600ワッペンや600ロゴ入りメモ帳が販売されており、好評だった。 (通し番号の入ったバッジは ハガキが採用された視聴者に贈られた。 なお、スタジオ出演者用バッジには番号は付いていなかった) には特別番組として皇太子ととの結婚式の中継が17:35 - 18:40に放送されたが、本番組の放送時間と一部重複していたため司会は本番組のキャスターが担当し、リポーターとして本番組からがに派遣された。 また、1983年5月26日放送分では、当日昼に発生した関連の情報を中心に放送した。 前述のとおり、平日18時台の児童番組枠には改編後も人形劇は残されており、この番組に続いて18:25 - 18:40には『』が、次いで『』が放送されていた。 1982年3月に『プリンプリン物語』が終了した後は夕方のローカルニュースを拡充することになり、本番組は放送枠を5分拡大して30分番組にするとともにローカルニュースを18:30からの放送に変更した。 人形劇の放送枠は土曜18時台(『』)に移され 、番組はそれから2年後の1984年3月に終了したが、同時間帯ではその後も様々な子供向け番組が放送された。 当番組の終了から33年後の、関東広域圏で放送の昼前の情報番組『』のコーナー「発掘! お宝番組」にて当番組が紹介され、スタジオに鹿野と帯が生出演した。 当日は番組開始当時のにインタビューした映像などが放送されたほか、人気コーナーだった質問、イラストのコーナーも紹介され、『ひるまえほっと』のスタジオにはイラストのコーナーで使用されたボードが再現された。 このボードには多くの視聴者投稿に混じって、鹿野の孫2人と帯の愛娘が描いたイラストも掲示され、それらとともに帯の愛娘からの手紙も紹介された。 番組枠のその後 [ ] しかし、第2次による放送時間の短縮が当番組終了とともに終わったことに加え、NHKが衛星放送をスタートさせ、全体の編成に余裕が生じるようになったことから、総合テレビでの子供向け番組は1986年に17時台と教育テレビに移された。 また、民放が大型報道番組を次々とスタートさせたことなどもあり、この枠は一般向け情報番組『』に変更された。 最後まで総合テレビで残っていた番組も、平成時代に入ると全て教育テレビと衛星放送に移され、総合テレビ夕方の子供向け番組は姿を消した。 放送時間 [ ]• 月曜 - 金曜 18:00 - 18:25 (1978年度 - 1981年度)• 月曜 - 金曜 18:00 - 18:30 (1982年度 - 1983年度) 出演者 [ ] 司会 [ ]• (ニュースキャスター兼解説者) リポーター [ ]• 福村恵• 中田ひろみ• 麻里もも子• 紺谷昌代• (原江梨子)• 橋本美砂子(元「」のキャプテン)• (出演当時はに在学)• (天莉亜) - 英語通訳リポーター 「なんでも相談」回答者 [ ]• - 科学担当• - 国語担当• - 歴史・社会風俗担当• - ノンセクション(学校生活、友人関係、家族関係、進路など)• - スポーツ・体育担当• 脚注 [ ] [] 注釈 [ ].

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