新居浜 太鼓 祭り 鉢合わせ。 新居浜太鼓祭り始まりました

新居浜太鼓祭り 連帯責任?新褒賞金制度紹介 【鉢合わせ・喧嘩】

新居浜 太鼓 祭り 鉢合わせ

概要(構造) [ ] 新居浜太鼓祭りは、のなどを祝い、新居浜市内各地で執り行われる秋祭り(・)である。 また、市内最大のイベントとして県内外から多くの観光客が訪れる。 古くから男祭りと呼ばれ、このときに太鼓台に関われるのは男性のみとなる。 (下記に説明のある子供太鼓台や夏祭りの太鼓台では女性が関わる場合もある。 ) 祭りのメインは、と呼ばれるに供奉する巨大な山車の練り歩きである。 瀬戸内海沿岸では新居浜太鼓祭りに似た山車が多く見受けられるが、その中でも新居浜のものは巨大で絢爛豪華である。 高さ約5. 5メートル、長さ約12メートル、重さ約3トンにもなる太鼓台を総勢150人(多い地区では200人以上)ほどの「かき夫」と呼ばれる担ぎ手らによって担ぎ上げられる。 太鼓台の飾りは、最上部の「天幕」は天・空を表し、四隅の黒い「括(くくり)」は雲を、白い「房」は雨を表している。 金糸で刺繍された豪華な飾り幕は、上段の金龍は「布団締め」(昇り龍・降り龍)、中段は「上幕」、下段は「高欄幕」と呼ばれ、計16枚(太鼓台1台あたり)となっている。 また、太鼓台上段部の布団締めが飾られている部分を「重」と呼び、朱色の座布団(布団)が重ねられており、祭礼中はこの座布団に神がお座りになり(いただき)、練り歩くとの古代からの伝承が残る。 新居浜市内で運行される太鼓台は54台で、これらは大きく川西・川東・上部の3地区に分けられており、各委員会・協議会(川西・川東・川東西部・中萩・角野・泉川・船木)にそれぞれが所属し、統一された運営のもと祭りが執り行われる。 各太鼓台は、地元や、などによって維持管理される。 地元では太鼓台(たいこだい)を「太鼓(たいこ)」と呼ぶ。 歴史 [ ] 祭りの起源は明らかではないが、書物や地域伝承などにより古くはからには存在したという説がある。 元々の太鼓台は、神社祭礼の際に御輿のお供をする山車の一種であったが、時代を経る毎に次第に祭りの中心的存在となっていった。 瀬戸内海沿岸の都市に同様の祭りがあることから、海上交通・やなどを通じて各地に拡がり、その土地ごとに様式や運行方法が独自に発達したと考えられている。 もっとも古い太鼓台の記録は、江戸時代後期、文政年間 1818 - 1830 で、当時は「神輿太鼓」と書かれていることが多かったが、時代を経るにつれて「太鼓台」あるいは「太鼓」とされることが多くなった。 初期以降、の近代化・海岸部の建設などにより新居浜市は経済的にも人材的にも活気づいた。 また、太鼓台を運営する地区同士が対抗意識や財力・体力自慢を見せるようになり、市内の太鼓台は巨大化したりによる豪華な幕で飾ったりと華やかなものに変貌した。 それに伴い、かき夫も数を増していき、現在では一台あたり約150人のかき夫によって担がれている。 また、新居浜市の太鼓台は周辺市町村の太鼓台にも影響を与えており、隣接する(全域と豊岡町の一部)やでもほぼ新居浜の太鼓台と同じものが使用される。 年表・主な出来事 [ ] 多喜浜駅前(1955年)• 、 - 地域の伝承によると祭りの起源は鎌倉時代、あるいは平安時代まで遡るといわれている。 - 神輿太鼓として現在の太鼓台の形へ近づく。 大きさは、現在の子供太鼓台程度。 五穀豊穣・安全祈願として地域の興隆・繁栄に努めた沢津村(澤津)、宇高村(宇高)、垣生村(町・本郷・山端)、松神子村(田の上・松神子)の神輿太鼓が八幡神社の神輿に供奉する山車として八幡神社に宮入(奉納、祭礼行事)をおこなうようになる。 中期 - 別子銅山開坑により産業が発展し、地域経済が発達するにつれて太鼓台の大型化が進み、明治中期には現在の太鼓台と同じくらいの大きさになり、飾り幕は豪華に、また天幕も膨らみを持ったものを付けるようになる。 (昭和12年)から(昭和14年) - 全太鼓台、出場見合わせ。 (昭和26年) - 新居浜市太鼓台運営協議会、発足。 上部地区太鼓台運営委員会が発足、後に各地区でも発足。 (昭和28年) - を奉迎。 (昭和41年) - 市内各地区で、それぞれで開催されていた日程を、10月16日から18日の3日間に統一され、上部・川西・川東の市内3地区による統一祭りとなる。 (これにより喧嘩の一極集中化を軽減する助力ともなる。 (昭和44年) - 出演太鼓台の審査会、開催。 (昭和45年) - 大江、江口太鼓台が、に出演。 これを皮切りに太鼓台の派遣事業を本格的に開始。 (昭和46年) - 市役所通り(現在の。 平和通りとも)に市内3地区(当時)から20台が集結し、「にいはま太鼓寄せ」を開催。 「新居浜太鼓まつり推進委員会」が発足し、平和運行への取り組みがより具体化される。 (昭和47年) - 岸之下、松神子太鼓台が、多喜浜駅前、でよさこい鳴子踊りと交歓。 (昭和48年) - 中須賀、東町太鼓台が、阿波踊りと交歓。 (昭和49年) - 新居浜太鼓台保存会、発足。 太鼓台の文化・観光価値の向上が目的。 船御幸に太鼓台専用船が登場。 (昭和50年) - 統一寄せ、見送り。 (昭和61年) - 市制施行50周年前年祭とし、に川西地区と上部地区から17台が集結し、合同寄せ開催。 北内、新田、松神子太鼓台が、第9回ふるさと世田谷区民祭りに出演。 久保田太鼓台が、第28回全国交歓会松山大会に出演。 (昭和62年) - 市制施行50周年を記念し、国領川緑地に29台が集結し、初の市内全地区統一寄せを開催。 (平成元年) - 大江、楠崎、長野太鼓台が、スポレク愛媛89に出演。 大江、北内、松神子太鼓台が、プレ国民文化祭に出演。 (平成2年) - 新田、中須賀太鼓台が、丸亀お城祭りに出演。 宇高、中筋、西町太鼓台が、第5回国民文化祭・愛媛90に出演。 (平成3年) - 川東地区が分裂運行。 これにより、川東西部地区太鼓台運営委員会が発足。 浮嶋太鼓台(川東地区)が新設。 北内、新田、中筋、高祖太鼓台が、で、山御幸を開催。 (平成4年) - 岸影太鼓台(大生院地区)が新調。 (平成5年) - 久保田太鼓台が、第21回チンゲイ・パレードに出演。 中筋、町太鼓台が、第13回全国豊かな海づくり大会に出演。 川東地区でも船御幸が開催。 喜光地太鼓台(上部地区)、土橋太鼓台(上部地区)、本郷太鼓台(上部地区)、上本郷(大生院地区)が新設。 (平成6年) - 新須賀太鼓台(川西地区)が新設。 上泉太鼓台(上部地区)新調復活。 久保田太鼓台(川西地区)、元船木太鼓台(上部地区)が新調。 (平成7年) - 松木坂井太鼓台(上部地区)新調復活。 (平成8年) - 喜来太鼓台(大生院地区)新設。 (平成9年) - 市制施行60周年を記念し、に39台が集結し、2回目の市内全地区統一寄せを開催。 上原太鼓台(上部地区)、萩生東太鼓台(上部地区)新設。 (平成10年) - 下泉太鼓台(上部地区)新調復活。 (平成11年) - 北内、萩生東太鼓台が、に出演。 下郷太鼓台(川東地区)が新設。 大江太鼓台(川西地区)、本郷太鼓台(川東西部地区)、白浜太鼓台(川東地区)が新調• (平成13年) - 澤津太鼓台が、地域伝統芸能まつりに出演。 長野太鼓台(上部地区)が新調。 (平成14年) - 宇高太鼓台が、開会式前夜祭に出演。 庄内太鼓台(川西地区)、東雲太鼓台(川東西部地区)が新設。 田の上太鼓台(川東地区)が新調。 (平成15年) - 久保原太鼓台(上部地区)が新設。 元船木太鼓台(上部地区)、高祖太鼓台(上部地区)が新調。 (平成16年) - 川東地区の6台(阿島、楠崎、白浜、新田、東浜、又野)が9月の豪雨被害により運行自粛。 (平成17年) - 松乃木太鼓台(川東西部地区)が新設。 角野新田太鼓台(上部地区)、中須賀太鼓台(川西地区)、西町太鼓台(川西地区)が新調。 (平成18年) - 口屋太鼓台(川西地区)が新設。 (平成19年) - 市制施行70周年を記念し、国領川緑地にて3回目の統一寄せを開催。 上部地区は参加せず、山根公園で市制施行70周年記念統一かきくらべを実施。 この様子は、NHK BS2で全国放送された。 (平成20年) - 川西地区で、1966年以降初の週末開催(10月第3金土日)、実施。 一宮の杜ミュージアムと名付けられた一宮神社参道に南北120メートルの桟敷席、設置。 東田太鼓台(上部地区)が新設。 萩生西太鼓台(上部地区)、又野太鼓台(川東地区)が新調。 (平成21年) - 江口太鼓台(川西地区)、東浜太鼓台(川東地区)が新調。 (平成22年) - 新居浜市太鼓祭り推進委員会が、平成22年度高円宮殿下記念地域伝統芸能 活用賞を受賞し、「第18回地域伝統芸能全国フェスティバルにいがた」及び「第10回地域伝統芸能による 豊かなまちづくり大会にいがた」に、岸之下太鼓台が出演。 上部地区で週末開催(10月第3金土日)。 (平成23年) - 川東地区から、松神子太鼓台・下郷太鼓台・又野太鼓台が脱会。 上部地区で2度目の週末開催実施(10月第3金土日)。 (平成24年) - 上部地区太鼓台運営委員会が解散し4地区太鼓台運営委員会に分裂 但し、山根グラウンド統一かきくらべは実施する。 船木地区太鼓台運営委員会 5台 、角野地区太鼓台運営委員会 4台 、泉川地区太鼓台運営委員会 4台 、中萩地区太鼓台運営委員会 6台。 川東地区 6台 、川東西部地区 8台 、下郷・又野・松神子地区 3台 の計17台による多喜浜駅前かきくらべ、八幡神社かきくらべが復活。 (平成25年) - 震災復興プロジェクトとしてのみなとまつりに口屋太鼓台が参加。 川東地区 6台 、川東西部地区 8台 、下郷・又野・松神子地区 3台 の計17台による河川敷公園かきくらべが復活。 宇高太鼓台(川東西部)、西原太鼓台(川西)が新調。 金栄太鼓台(川西)が新設。 (平成27年) - 治良丸太鼓台(中萩)が新設。 川東地区(全域)では異例の分離開催となる。 (分裂騒動の深刻化)。 (平成28年) - 上部地区の中筋太鼓台、池田太鼓台が新調。 (平成29年) - 市制施行80周年を記念し、川西地区、川東地区(川東・川東西部・下又松)、大生院地区による記念行事を実施。 本町太鼓台(川西地区)が新設(上部地区の旧池田太鼓台を一式購入)。 澤津太鼓台と山端太鼓台が新調。 (平成30年) - に口屋太鼓台が参加。 (平成31年・令和元年) - 川東地区の「下郷・又野・松神子太鼓台運営委員会」と「川東太鼓台運営委員会」がそれぞれ解散し、「川東太鼓台運営協議会」として再編。 大江太鼓台(川西地区)、多喜浜新田太鼓台(川東地区)、上本郷太鼓台(大生院地区)、喜来太鼓台(大生院地区)が新調。 に庄内太鼓台、金栄太鼓台が参加。 2020年(令和2年)- ふるさと祭り東京に萩生西太鼓台・萩生東太鼓台・岸之下太鼓台が参加。 特徴・見どころ [ ] かきくらべ [ ] 新居浜太鼓祭りの最大の見どころは「かきくらべ」である。 通常は車輪を付けて運行されているが、かきくらべでは、車輪を外し、重さ約2. 5トン(指揮者などの乗員を含んだ総重量は3トン余り)の太鼓台を約150人のかき夫の力で担ぎ上げる。 そして、天高く担ぎ上げる「さしあげ」や、房の割れ方、地面に降ろさずに担ぎ上げている耐久時間などのパフォーマンスを競う。 かきくらべは、主に既述した5地区でそれぞれ開催されるほか、2地区以上で合同開催されることもある。 また、市内全地区統一寄せも市制施行の10年ごとの周年行事として計画されている。 太鼓台のかき方(担ぎ方) [ ] 寄せがき(山根グラウンド 2019. 17)• 房割り(早太鼓のリズムに合わせてかき棒を揺すり房を綺麗に揺らす。 差し上げ(指揮者の合図と太鼓のリズムに合わせて一斉に太鼓台を頭上高く掲げる。 差し上げ房割り(太鼓台を頭上高く掲げた状態でかき棒を揺すり房を綺麗に揺らす。 一発差し(タイヤを外した太鼓台を地面に置いた状態から一気に頭上高く掲げる。 除輪(太鼓台のタイヤを外しかき夫の肩に担いだ状態で練り歩く。 小勇み(太鼓台のタイヤを外しかき夫の肩に担いだ状態で走る。 大振り(遅太鼓のリズムに合わせて大きく太鼓台を揺らす。 着輪時は差し上げの状態の時のみ出来る。 差し回し(差し上げの状態を維持しながら太鼓台を回転させる。 放り上げ(差し上げた状態からさらに高く太鼓台を数回放り上げる。 差し回し房割り(差し上げの状態を維持し房を割りながら太鼓台を回転させる。 放り差し(何回か放り上げたあとピタッと差し上げた状態で止める。 寄せ回し(2台以上の太鼓台の外側のかき棒同士をひっつけた状態を維持しながら肩に担いで回転する。 大回転とも言う。 寄せがき(2台以上の太鼓台の外側のかき棒同士をひっつけて一斉に差し上げる。 難易度の高いかき方と言われている。 寄せ太鼓とも言う。 放り回し(差し上げた状態からさらに高く太鼓台を連続で放り上げながら回転する。 ) 主要なかきくらべ会場 [ ]• 川西地区• (一宮の杜ミュージアム)(12台)• 住友工場前(12台)• 大江浜多目的広場 12台• 川東地区• 前(17台)• 八幡神社(17台)• 国領川河川敷(17台)• 天神浜通り(9台)• 上部地区• 山根グラウンド(20台)• フレッシュバリュー大生院店(11台)• 大生院地区• フレッシュバリュー大生院店(11台)• 毎年10月16日午前4時の早朝から氏子中、「中筋」・「北内」・「角野新田」・「喜光地」4台の太鼓台が1年おきに参拝の順番を交代しながら内宮神社大鳥居をくぐり、その先に待ち構える約100段300メートルもの参道を夜明け前の暗闇の中、それぞれに趣向を凝らしたライトアップの太鼓台の「氏宮参り」を斉行する様は神聖にして圧巻。 朝日によって辺りが明るくなる限られた時間内に拝殿前より退下し境内を速やかにあとに出来る後半戦のバイタリティーが各太鼓台による根性の見せ所ともなる。 船御幸 [ ] 船御幸(ふなみゆき)は、豊漁と安全祈願を祈念する行事である。 小型船に乗せられた神輿を先導に、大型の専用台船に乗せられた太鼓台が本港地区内を一周しながらかきくらべ(さしあげ)などのパフォーマンスを行うこの行事は、新居浜港本港周辺にて川西地区が行っている。 なお、この専用台船には、運航関係者とかき夫以外の乗船は禁止されており、広報などで繰り返し告知されている。 喧嘩(鉢合わせ) [ ] 平成16年上部地区鉢合わせ 金糸銀糸の絢爛豪華な太鼓台の華やかさと隣り合わせで、太鼓台同士をぶつけ合う危険な喧嘩(鉢合わせ)が絶えない現状がある。 鉢合わせの要因は、突発的に発生するものもあれば、盛り上げを目的とした馴れ合い談合型のようなもの、従前よりの因縁対決など様々である。 あわせて、一部のかき夫が暴徒化し警察官との衝突や、太鼓台および自治会施設の破壊行為に至るケースも少なくない。 しかし、これはいずれも非合法の行為であり、は毎年機動隊を投入し厳戒態勢のもと警戒にあたる。 最も厳しい処罰を課せられた場合は、その場で太鼓台を解体させられ、翌年以降の出場停止処分になるため、毎年安全に対して主催者サイドは一番神経を遣う。 鉢合わせは、古くは漁師の漁場の奪い合いなどに端を発し、鉢合わせへと至った事例が多く見られた。 昭和40年代に入り、毎年多くの死傷者が出ることに懸念を募らせた新居浜市及び警察等により「平和運行」をスローガンにかかげ、このような喧嘩行為の排除運動を始めた。 しかし、平成に入ると問題はさらに深刻化し、には川西地区で東町太鼓台と西町太鼓台が鉢合わせ行為を行い、東町自治会館が破壊される事態に至った。 には、新居浜市制施行60周年イベントの会場で、久保田太鼓台と江口太鼓台が鉢合わせ行為を行い、江口太鼓台が破壊され、多数の重軽傷者を出した。 また同年、川東地区では、松神子太鼓台が警察車両の制止を振り切る形で運行ルートを逸脱し宇高太鼓台と激しくぶつかり合い、観光客が将棋倒しとなり死亡者が発生するなど大荒れとなった。 この年の事件は、のがこの模様をトップニュースとして報じるなど、主要でも大きく取り上げられたが、この問題の解決の方向はいまだはっきりとしておらず、その後も鉢合わせ行為は毎年のように行われ、多くのけが人・者を出し続けている。 しかし、こういった喧嘩(鉢合わせ)には賛否両論が存在する。 鉢合わせを楽しみに見物に来る観光客も多く存在し、鉢合わせを煽る見物態度などが市民アンケートなどで指摘されている。 よって、鉢合わせ行為は危険ではあるが、祭りを楽しむという切り口においては無益と言い切れない面がある。 また、他の都市では神輿などの鉢合わせを伝統行事として行っている所があり、太鼓台の鉢合わせを喧嘩と呼ぶことに難色を示す声もある。 新居浜市内の太鼓台 [ ] 川西地区13台(川西運営協議会所属) [ ]• 大江、東町、久保田、新田、江口、西町、中須賀、西原、新須賀、庄内、金栄、本町、口屋 川東地区17台(川東運営協議会、川東西部所属) [ ]• 下郷、田之上、松神子、又野、楠崎、新田、白浜、東浜、阿島、澤津、宇高、東雲、松乃木、浮嶋、町、本郷、山端 上部地区20台(船木、角野、泉川、中萩委員会所属) [ ]• 長野、池田、久保原、元船木、高祖、新田、中筋、北内、喜光地、上泉、下泉、東田、松木坂井、土橋、上原、本郷、治良丸、萩生東、萩生西、岸之下 大生院地区4台 [ ]• 上本郷、岸影、喜来、下本郷(隣接する西条市の太鼓台と飯積神社祭礼へ参加) 観光イベントとしての太鼓祭り [ ] 新居浜太鼓祭りは、毎年十数万人の観客で賑わう。 観客はピーク時と比べ減少したが、依然として新居浜市最大の観光行事である。 このため、祭りを観光資源としてもっと活用しよう、マナーを改善しようとする動きは、既に二十年以上前からある。 祭事であるため行政が直接関わることは政教分離に抵触することから、新居浜市や愛媛県は観光イベントとしての協力や広報活動などを活発に行っている。 (しかしながら伝統的な喧嘩祭りを維持する声も大きく、市民の多くが観光化に反対している現状がある。 ) 2007年には愛媛県、新居浜市、西条市及び関連の事業者・団体により、とともに観光資源としてグレードアップを図ろうと、「えひめの祭り観光ブランド化モデル事業」が始まった。 これは、全国に誇れる祭り(ポスター等においては、西条は「まつり」とひらがな表記)として情報発信の強化、都市圏域からの観光客数の増大、広域観光ネットワークの形成を狙いとし、入込客数を現況の約30万人(西条まつりを含む)から約40万人にしようという構想である。 それらの取り組みが、旅行会社による新居浜太鼓祭り見学ツアー商品化に繋がり、市外からの観光客増が期待されている。 また、新居浜太鼓祭りは各地の祭りやイベントに参加するなどPRに余念がない。 (昭和45年)にで開催されたに参加したのを皮切りに、国内外を問わず太鼓台の派遣を行う。 さらに、開催日を従来の固定制から土日を含んだ週末開催に変更し、市外からの観光客の増加を図ろうとする議論がある。 (平成20年)は、多くの反対があるなか川西地区が週末開催を実行したが、以降は従来の日程に戻っている。 上部地区でも(平成23年)に週末開催を実行したが、従来の開催日(10月18日)に行われる、氏神である萩岡神社の神輿渡御に参加を決定した岸之下と萩生西の2台を、中萩の運営委員会が除名するなど問題が残った。 しかし、どこの祭りにもあるように、祭りはその地域に住む人々で楽しむものだとの意見も根強い。 それが一部の「喧嘩(鉢合わせ)は祭りの華」という考えにも結びついているのも事実であり、祭り観光化への批判(反対意見)も根強い。 このように様々な声も多い中、高齢化問題や過疎化などの時代背景や全国的な流れを考慮・理解しながら、新居浜太鼓祭りも更なる観光推進へと向かおうとしている。 祭りと市民気質 [ ] 新居浜市出身者は、「盆・正月は帰らなくとも、祭りには休みを取ってでも帰省してくる」といわれるとおり、新居浜太鼓祭りに対する思い入れは強く、事実何よりも祭りを優先する人は少なくない。 そのため祭りが行われる10月から始まるカレンダーが毎年作成されている。 かき手たる男性のみならず、女性も着飾るなど、一種のハレの場となる。 歴史的経緯から、自治会間の対抗意識が強く、太鼓台の巨大・豪華さは常に競い合っている。 近年は、中古の太鼓台を購入し、新たに太鼓台を持つ自治会となるケースが増えている。 また、子供太鼓台を所有する自治会も多い。 しかしながら、太鼓台を新調するためには数千万円もの費用がかかるうえ、その運行や維持管理にも多額の費用がかかる。 それらの費用は、太鼓台運行時に企業や個人から供されるや、地区外からかき夫となることを希望する者より徴収する参加費などでも賄われるものの、主には、太鼓台を持つ地区の住民や企業への、寄付依頼や自治会費上乗せ、地区一斉清掃などの各種行事に参加しない自治会員に課せられる「立て入れ金」などで住民に相当の負担を強いているのが現状である。 祭り好きな市民気質から、寄付などを断れないという人も多い一方、祭りに関心のない市民を中心にこれらの費用負担を嫌って太鼓台のない地区へ転居する世帯、自治会への加入を拒否する世帯も少なくなく、新居浜市外(主にの)へ転出する世帯まであるといわれるが、明確な調査などは行われておらず、実態は明らかになっていない。 また、かき夫の高齢化が進んでおり、人材不足に悩む太鼓台も少なくない。 学校での祭り集会と子供太鼓台 [ ] 新居浜市内の全小学校と上部地区の中学校には、太鼓台が入り「お祭り集会」が開催される。 また、「上部地区山根グラウンド統一かきくらべ」では、普通の太鼓台の前座として子供太鼓台が披露される。 また、毎年5月の連休に「春は子ども天国」と称して子供太鼓台の運行が行われる。 子供太鼓台は、大人太鼓台に比べて大きさは数割小さいが、金糸の刺繍などの豪華さ、太鼓台における役割分担はほぼそのまま踏襲されている。 「子供太鼓台」と普通の太鼓台を区別するため、地元では普通の太鼓台を「大人太鼓台」と呼ぶこともある。 子供太鼓台は文字通り子供が主体となるものの、大人が運行サポートに入る他、大人がかくこともある。 子供太鼓台と大人太鼓台は親子関係になっているところもあれば、大人太鼓台はあるが子供太鼓台がない、またその逆や両方とも無い地域がある。 子供太鼓台だけに存在する「地区名」もある。 なお、子供がに進学すると西条や四国中央市のほかやへ通学する学生も出てくることから、祭りへの関心は二極化するとの説もあるが、明確ではない。 地方祭休業 [ ] 新居浜と 旧 西条では、祭り期間中の「地方祭休業」が通例化している。 地元企業を中心に休業、や診療所は休診、学校は休校となるところが多い。 に近い様相になるが、官公庁、銀行などは通常業務を行う。 ただし、を消化し祭りに参加する市民も多く、行政でも地方祭での有給休暇消化を奨励している。 ちなみに、新居浜市・西条市は相互で越境しての通勤者がままある都市であるが、西条祭りの参加者は、新居浜市の地方祭休業との日程差を有給休暇の消化で穴埋めする。 その逆も当然あり得る。 したがって、この2つの祭りの期間中は、開店休業状態となる企業や部署も少なくない。 交通への影響 [ ] かきくらべ会場などの付近は、太鼓台の進入路を確保する目的などで車両進入禁止の臨時が行われる。 それ以外にも、かきくらべ会場周辺では低速の太鼓台が道路を塞ぐ上 他見物客のマイカーにより大渋滞が発生することがある。 路線バスは迂回運行、臨時運休となる便が出る他、太鼓台の運行状況によっては経路変更や区間運休を行う可能性があると示したうえでえの「条件付き運行」が行われる他、大幅な遅延が発生する場合がある(も参照されたい)。 また日時や時間帯によりを先頭に渋滞が発生することもある。 一方、新居浜市では祭り期間中にもが発生する。 は例年この時期、、お盆、年末年始同様、関東・関西方面からの高速バスを増便して対応している。 テレビ中継 [ ] NHKや民放各社(フジテレビ、日本テレビ、TBS、テレビ朝日系列など)でこれまでにも多くの新居浜太鼓祭りの特集が放映されている。 脚注 [ ] [].

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新居浜太鼓祭り(愛媛県新居浜市)

新居浜 太鼓 祭り 鉢合わせ

日程: 2019年10月16日(水)~18日(金) 時間:04:00~21:00 新居浜太鼓祭りは、県内、県外を含めたくさんの観光客が訪れる、まさに新居浜市の一大イベント! 巨大で見栄えのする絢爛豪華な太鼓台を担ぎ上げる荒々しいかきくらべや練りが見もの。 男祭りといわれているだけあって勇ましさや豪快さが人気です。 市内にある54台もの太鼓台が街中に一斉に繰り出し、街も人々も太鼓祭り一色。 秋とは思えないほどの熱気を放出する新居浜太鼓祭りをしっかり味わうためにも、まずはスケジュールを抑えておきましょう。 スケジュール2019 10月 時間 行事 台数(台) 16日(水) 04:00~07:00 内宮(うちのみや)神社かきあげ 4 04:00~07:00 萩岡神社宮参り 4 05:30~07:30 白山神社宮出し 3 07:00~07:30 東臺(とうだい) 神社宮出し 1 08:00~09:00 浦渡(うらど)神社宮出し 3 08:30~ 八旙神社統一氏参り 8(8:30~4台、9:00~4台) 11:00~12:00 中萩きらきら公園太鼓寄せ 17:00~18:00 昭和通り夜太鼓 13 17:30~21:00 大生院・中萩地区夜太鼓 11 17:30~19:45 天神浜通りかきくらべ 9 18:00~20:00 泉川・船木地区夜太鼓 9 19:00~20:00 フジグラン新居浜夜太鼓 3 19:00~21:00 イオンモール新居浜夜太鼓 10 19:50~21:00 天神浜通り夜太鼓 4 20:05~21:00 ザ・ビッグ松神子店夜太鼓 5 17日(木) 9:50~12:00 河川敷公園かきくらべ 17 10:30~12:00 一宮の杜(いっくのもり) ミュージアム 13 12:00~16:30 上部地区山根グラウンド統一寄せ 20(子供8) 13:00~14:00 渦井川原かきくらべ 4(西条市の7台も参加) 14:00~15:00 昭和通り集合 13 15:00~16:00 工場前かきくらべ 13 16:20~18:30 多喜浜駅前かきくらべ 17 18:30~20:00 角野(すみの)・泉川地区夜太鼓 8 19:00~20:00 大足智姫(おおたらちひめ)神社祭 2 19:00~20:30 中萩地区夜太鼓 7 19:30~21:00 船木地区夜太鼓 5 18日(金) 09:00~10:00 大江浜(おおえはま)かきくらべ 13 09:30~12:00 中萩地区統一かきくらべ 7(子供6) 10:30~11:00 清住(きよずみ)神社祭 1 13:30~15:00 角野・中萩地区かきくらべ 7 14:00~19:00 八旙神社かきくらべ 17 14:30~16:30 一宮の杜(いっくのもり)ミュージアム 13 14:30~16:00 泉川地区統一かきくらべ 4 15:30~17:00 船木地区統一かきくらべ 5 16:00~18:00 内宮神社宮入り 4 16:00~17:30 萩岡神社宮入り 4 16:30~17:30 浦渡神社宮入り 3 16:30~18:30 一宮(いっく)神社かきくらべ 13 17:30~18:30 白山神社宮入り 3 18:00~18:30 東臺神社宮入り 1 3日間ともに街のあちこちで太鼓台のかきくらべや練りが行われているので、どこに行っても十分太鼓祭りの雰囲気を味わうことができます。 太鼓台は元は 神輿太鼓とも呼ばれていて、 高さ5. 5m、長さ12m、重さ約3tにもなる巨大なもの。 胴体は金糸によって龍や虎などの絢爛豪華な刺繍、布団締めや継幕で飾られ、壮麗を極めます。 この巨大な太鼓台は新居浜市内に54台あり、1台を150人ほどの男衆が担ぎ、市内を練り歩くのです。 豊穣を感謝し、祈るための太鼓台 太鼓台はもともと豊穣を感謝し、祈るためのもの。 飾りも 自然の恵みを表しています。 16日の朝、「内宮神社かきあげ」に始まり、夕方は「昭和通り夜太鼓」、夕方から夜間は「天神浜通りかきくらべ」「大生院・中萩地区夜太鼓」。 17日なら午前中は「河川敷公園かきくらべ」、「一宮の杜(いっくのもり)ミュージアム」 、「上部地区山根グラウンド統一寄せ」、昼間は「工場前かきくらべ」、夕刻なら「多喜浜駅前かきくらべ」がおすすめです。 最終日の 18日は「大江浜かきくらべ」に始まり、昼間は「一宮の杜ミュージアム」、昼から夕刻にかけては「八旙神社かきくらべ」、フィナーレの夕刻は「一宮(いっく)神社かきくらべ」がおすすめ鑑賞スポットです。 かきくらべ場所一覧 各日のかきくらべの場所や時間、太鼓台一覧はこちら。 city. niihama. また、山根公園グラウンド観覧席の場所取りは、当日17日の6:00からとなっています。 それ以前にシートなどで場所取りすると撤去されますのでご注意ください。 新居浜太鼓祭りの観覧桟敷席は? 桟敷席の料金と内容 新居浜太鼓祭りの有料観覧席は、 一宮の杜ミュージアム(一宮神社の表参道)に桟敷席が設置されます。 楠の大樹のトンネルが続く木陰で、表参道の鳥居をくぐり、雄大に練り歩く太鼓台を観覧できる、絶好のロケーションです。 桟敷席(全席指定)の料金や内容はこちら。 豪華景品が当たる大抽選会もありますよ。 18日購入は。 安心して見れるので観衆もすごいですよ。 それでもあまり前の方には行かないほうが賢明です。 特に 狭い道で太鼓台同士が鉢合わせをしたりすると、互いに道を譲らないので、力比べで押し合いになります。 それがエキサイトすると、太鼓台同士でぶつかり合いが始まっちゃいます。 こうなるともう止まりません。 そのうち本物の殴り合いの喧嘩が始まっちゃうこともしばしば。 死傷者が出た事件以来、暴力沙汰が社会問題になり、これ以降は暴力による喧嘩は避ける傾向にあります。 運営側も、パフォーマンス的に太鼓台同士のぶつかり合いまでの喧嘩は黙認状態。 とは言え、それでもなかなかの迫力がある喧嘩です。 観客が巻き込まれて負傷することが、毎年のように起きていて、「巻き込まれる方が悪い」みたいな状態になっています。 観客にとっても白熱している太鼓台の喧嘩はエキサイティングなものですが、 あまり近くに寄らないよう、充分注意して観覧してくださいね。 狙い目は、 2台の太鼓台がすれ違えないような細い道。 特に 一宮神社の表参道に入る入り口周辺は道幅が狭く、宮入りする太鼓台が絶えないので、鉢合わせが起こりやすくなります。 お互いに示し合わせたルール上で、清く正しい喧嘩(?)が見られるポイントです。 喧嘩の起こりそうな場所は見物客が相当な数集まるので、喧嘩が見たい場合はそこに行ってみましょう。 しかも怖いもの見たさの観客が後ろから押してくるので、危険な場所へと押し出されてしまう可能性がとても大きいです。 毎年のように観客が巻き添えをくう事例が起きていますので、 狭い道での観覧は充分に注意しましょう。 ものすごい熱気なので、遠くからその雰囲気を味わってくださいね。 喧嘩の歴史 元々は漁師が漁場争いをしたことに端を発したという説が有力ですが、太鼓台が立派になるにつれて、互いの町の優劣を競う目的が強くなっていったようです。 各町の財力や、男衆の力の優劣の競い合いが毎年繰り返されるようになると、因縁の対決が生まれるようになりました。 ルール違反行為に対する罰則も厳罰化しているため、危険度は以前に比べ少なくなっているようです。 新居浜太鼓祭りの『掛け声』の言葉や意味は? お祭りといえば 掛け声。 いろんなお祭りでいろんな掛け声があげられています。 新居浜太鼓祭りの掛け声は、主に 「ソーリャ、ソーリャ」、 「チョーサージャー」、 「ソーリャ、エイヤーエイヤー、ヨイヤサー」です。 この掛け声はそれぞれどんな意味があるのかちょっと気になりますね。 ソーリャ、ソーリャ まず最初の 『ソーリャ、ソーリャ』ですが、これには特に意味はありません。 岸和田だんじり祭でも同じ掛け声ですが特に意味はなく、力を込めるためや威勢を示すための掛け声になっています。 もともとは違う言葉 「ちょうさや、えやえや」 でしたが、時代とともに変化してソーリャ、ソーリャになりました。 ですので神輿や太鼓台を担ぐ時に「チョーサ(太鼓台)じゃ、チョーサじゃ」という掛け声を上げるようになりました。 言葉そのものに特別な意味はありませんが、「ワッショイ」同様に、神輿を担ぐ時の決まり掛け声のようになっていったとのこと。 語源は関西なので、今では関西地方や中国・四国地方、九州地方などで使われています。 ソーリャ、エイヤーエイヤー、ヨイヤサー 3つ目の 『ソーリャ、エイヤーエイヤー、ヨイヤサー』について説明しますね。 ソーリャは1つ目の掛け声と同じです。 そして『よいやさ(恰弥栄)』とは『弥栄(いやさか)』を意味します。 『恰』はお互い、『弥』は益々、『栄』は栄える、を意味しますので、『よいやさ(恰弥栄)』とは 「お互いに益々栄えましょう!」という意味になります。 また弥栄を逆に読んでも栄弥(えいや)となります。 このことから『ソーリャ、エイヤーエイヤー、ヨイヤサー』とは、 「よっしゃー!皆お互いにいつまでも末永く栄えまくるぞー!」という意味になりますね。 日本のお祭りは神様たちとつながりが深く、皆がいつまでも楽しく平和に暮らせるようにと願って行われているものがほとんどなので、ちょっとした言葉1つにもなにかしら意味合いが込められているものなのかもしれませんね。 新居浜太鼓祭りの屋台や混雑は? 屋台情報 新居浜太鼓祭りでは17日と18日に 中央公園で 新居浜市物産協会展示即売会が行われます。 中央公園は、一宮神社や一宮の杜ミュージアム前の平和通りを郵便局や消防署方面に少し行ったところ。 物産品や新居浜太鼓祭り関連グッズの販売のほか、多くの飲食店が出店します。 テーブルと椅子が用意されたテントが張ってあるので、座ってゆっくり食べることができますよ。 しかもお祭りの実況生中継が大型モニターで見れちゃうオマケ付き。 思わずずっと座ったままになってしまうかもしれませんね(笑) メニューは、ポテトや唐揚げ、焼きそばなどのお祭り定番メニューのほか、チュロスやアイスなどのスイーツから、牛すじどんぶりやうどんなどの一品ものもあります。 子供向けにお菓子類もありますし、お酒のおつまみにもなるじゃこ天やフライドチキンなど、大人も子供も満足できるラインナップですよ。 中央公園以外にも、神社の参道やかきくらべが行われる場所などでも屋台が出店しています。 混雑状況 新居浜太鼓まつり3日間の合計で約25万人以上の観客動員数があります。 中でも人気の高い山根グラウンド統一寄せは約3万5千人もの人が集まります。 特に 表参道入り口周辺は大変に混雑するのでご注意くださいね。 また、太鼓台の近くにはなるべく近づかないようにしましょう。 新居浜太鼓祭り周辺のおすすめ宿泊所は? 新居浜太鼓祭りでは新しい太鼓台や見納めの太鼓台もあり見逃せません。 周辺でホテルを予約するとより密にお祭りを楽しめますよ。 新居浜太鼓祭り周辺のおすすめ宿泊所をご紹介します。 リーガロイヤルホテル新居浜 敷地内にはオリーブの木が植えてあり、癒される空間のホテル。 自然をテーマにした特別ルームやレストラン&バーもあります。 新居浜太鼓祭りは地域の対抗意識が非常に強いお祭り。 「盆・正月は帰らなくとも、祭りには休みを取ってでも帰省してくる」と言われるほど、新居浜市民にとって思い入れの強いお祭りです。 市内の会社や病院は休業、学校もお休み。 統一寄せでは、未来のかき夫である子供太鼓台も披露されます。 そんな市民の熱い想いが伝わる新居浜太鼓祭り。 勇壮で迫力あるダイナミックなお祭りを観に、ぜひ新居浜太鼓祭りにお出かけくださいね!.

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新居浜太鼓祭り2020年の日程は?見所はかきくらべ・鉢合わせ!四国三大祭り

新居浜 太鼓 祭り 鉢合わせ

当サイトの管理人は責任を負えませんので、お出かけの前には祭りや伝統行事の主催者や公式サイトなどで必ずご確認ください。 新居浜太鼓祭りとは 新居浜太鼓祭りの歴史・由来 四国三大祭りの一つに数えられる新居浜太鼓祭り。 その起源は古く、平安時代あるいは鎌倉時代まで遡り、神輿に供奉する山車の一種で、信仰を対象とした神輿渡御の際、その列に参加して厳かに供奉し、豊年の秋を感謝して氏神に奉納したのが始まりと言われています。 幕末から明治時代初期の太鼓台は、現在の子供太鼓台くらいの大きさしかなく、地域経済の発展とともに大型化してきました。 かつて、昭和30年代あたりまでは、漁場争いであったり、水の権利などを争って喧嘩をしていたようですが、現在では突発的に発生することもあれば、祭りを盛り上げるために談合的に計画されたものや昔からの因縁対決など様々な要因があります。 死傷者が絶えないこの危険な鉢合わせ行為ですが、現在も伝統行事として行われています。 新居浜太鼓祭りの概要・見所 祭りの一番の盛り上がりは「太鼓台」と呼ばれる山車の練り歩きです。 太鼓台は金糸や銀糸で派手に飾られ豪華絢爛。 そのサイズも重さ約3トンと巨大なことでも知られ、総勢150人余りの「かき夫」と呼ばれる担ぎ手たちによって、担ぎ上げられる「男祭り」です。 また、喧嘩祭りと言われるゆえんである「鉢合わせ」では、太鼓台同士が激しくぶつかり合います。 新居浜太鼓祭りの掲示板 新居浜太鼓祭りはネット上の掲示板がたくさんあり豪華絢爛のお神輿の紹介や実際の祭りさながらの熱いバトルが繰り広げられたりしています。

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