やまゆり 園 判決。 やまゆり園事件 判決出ても真相は不明/社会のあり方・優生思想、もっと議論を

「やまゆり園」事件、判決で「主文後回し」が意味することとは

やまゆり 園 判決

時間と金を奪う重度障害者に基本的人権はない」と事件を正当化する一方、控訴せず判決を受け入れる意向を改めて示した。 出廷時と同じ黒いスーツ姿で面会室に現れた被告は時折笑顔を見せながら、穏やかな口調で質問に応じた。 「少し疲れました」と言い、首を手でたたくしぐさを見せることもあった。 死刑判決については「受け入れるつもりはないが、仕方ない。 裁判官は法律通りに仕事をしただけ」と説明。 弁護側は控訴する意向を示しているといい、自ら取り下げて刑を確定させる考えを強調した。 被告はこれまで「死ぬのは嫌だ」「気が重い」などと語っていたが、この日は「すぐに死刑になるわけではない」と言葉少なに応じ、「長生きはしたいが、いずれ誰でも死ぬ。 最終経歴が『死刑囚』ってやばいですよね」と力なく笑った。 公判では遺族らが意見陳述し、厳刑を求めた。 被告は「(重度障害者の家族は)病んでいる。 批判すれば信念や一貫性があると勘違いしている」と非難。 記者が「幸せだったという遺族も多い」と指摘すると、「それは不幸に慣れているだけだ」と一蹴した。 この日、裁判長が極刑を言い渡して閉廷を告げた直後、被告が「すみません。 一つだけ」と突然手を挙げ、発言の機会を求めたが認められなかった。 何が言いたかったのかと尋ねると、被告は「世界平和に一歩近づくにはマリフアナが必要、と伝えたかった」と説明。 その意図については「意思疎通できなくなったら死ぬしかないと気付けるようになる」と答えた。

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やまゆり園事件、判決の主文を後回し、厳しい刑か [やまゆり園事件]:朝日新聞デジタル

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その中で5月18日、「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」の中間報告が発表されたので、それについて議論したいと思います。 裁判では本質は解明できなかったけれど、いろいろわかったこともありました。 例えば植松元被告がやまゆり園での障害者支援について語った様々な証言とか、事件当時、原則禁止のはずの施錠がやまゆり園の多くの部屋でなされていたことなどです。 皮肉なことに、施錠されていた部屋は植松元被告の攻撃を免れたという現実もありました。 今回の中間報告では、施錠も身体拘束のひとつとして挙げられていますが、そういう事柄も含めて語ってみたいと思います。 まず報告書が出されるに至った、神奈川県の取り組みの経緯について渡辺さんから話していただけますか。 渡辺 発端は、昨年12月5日の神奈川県議会本会議で黒岩知事が突然、かながわ共同会の指定管理を見直し、新たに公募制を導入すると発言したことです。 というのも、津久井やまゆり園に関して、「車いすに長時間拘束していた」とか「園の外に出ての散歩がほとんどなかった」などの問題が知事のもとに寄せられたというんです。 前者については、6月12日にNHK「おはよう日本」で報道された元利用者の松田智子さんのケースを指していると思われます。 また、後者は『創』1月号の元入所者家族座談会でも話を聞いた平野泰史さんらによる告発をベースにしているんでしょう。 こうした流れの中で、新たに第三者委員会を立ち上げて、津久井やまゆり園の支援の実態を調査することになりました。 そして、その検証委員会の初会合が開かれたのが2020年の1月10日です。 また、1月21日の第2回会合後の記者会見では、早くも身体拘束を受けていたとされる3人のケースについて、障害者虐待防止法に触れる可能性が高いことが指摘されました。 その後、会合は第5回まで開かれ、3月中に最終報告を出すはずだったのですが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で遅れ、今回、中間報告という形で出てきたわけです。 でも報告書に目を通すと、具体性に欠ける内容で拍子抜けしました。 例えば、身体拘束を行うには、「切迫性・非代替性・一時性」という3つの要件を全て満たさなければならないのですが(厚労省「身体拘束ゼロへの手引き」)、やまゆり園では一つでも該当すれば身体拘束できると認識し、会議でもそう伝達していたと言います。 また、単に「見守りが困難」という理由から身体拘束が行われ、中には24時間の居室施錠を長期間行っていた事例も確認されたなどです。 いずれもどんな事例だったのか、もっと具体的に書いてほしいというのが、この報告書に目を通した印象です。

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社説|「やまゆり園」判決/多くの問いが残ったままだ

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参議院議員 木村英子 19人の障がい者が殺害されたやまゆり園事件、植松被告の判決によって今後、私たち障がい者にとってどんな影響をもたらしてしまうのかを考えると、私はとても恐怖を感じます。 常時介護の必要な重度障がい者は、家族が介護できなくなったら施設しか生きていく場所が無い現状を抱えています。 私の家族も重度障がいを持つ娘である私の介護の負担が重すぎて、育てることができずに私が物心つく前に施設へ預けました。 幼い時から施設や養護学校で職員からのいじめや虐待を受けてきた私は高等部を卒業したら次の施設に入れられたくなくて親や教師の勧める施設を拒否して19歳の時に家を飛び出し地域での自立生活を始めました。 私にとって施設での生活は職員の顔色をうかがいびくびくして過ごさなければならない牢獄のようで、ベットの上で天井を見つめる生活が一生続くと思っただけで心が死んでしまいそうな毎日でした。 今、私は国会議員になりましたが重度障がい者としての介護がなければ生きられないという現状と社会的バリヤで地域での生活が困難であることはなんら変わりません。 参議院の活動以外は介護者探しと仲間とともに障がい者運動を続けていかなければ今の生活を維持していくことはできませんし、重度訪問介護制度の充実と人手不足の解消が解決されなければ命がけで築いてきた私の地域での生活はすぐに壊され施設へ入れられてしまう危険といつも隣り合わせなのです。 施設の生活は「好きな物を食べたい、外へ遊びに行きたい」そんなあたりまえの望みすら叶わない世界なのです。 そこに長く入れられたら希望を失っていく人は沢山います。 そしてそこの障がい者を介護している職員も初めは志をもって接していても、家族でさえ担いきれない介護なのに、限られた職員の人数で何十人もの障がい者をみなくてはならず、トイレ、食事、入浴と繰り返すだけの毎日の中で、体力的にも精神的にも疲弊し、いじめや虐待が起こってもおかしくない環境なのです。 そんな中で、人に迷惑をかける存在でしかない障がい者を抹殺することが彼にとってのゆるぎない正義であり、死刑すらも恐れない植松被告の使命感に私は恐怖を感じずにはいられません。 私は今回の判決で植松被告が罰せられても、今の重度障がい者が隔離され施設しか行き場が無い現状が改善されない限り、第二、第三の植松被告が生まれてくると思います。 障がい者と健常者が分けられ同じ社会で生きにくくされている事の弊害が、残虐な事件を起こした植松被告を生み出してしまった原因だと私は思えてなりません。

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