リリイ シュシュ。 『リリイ・シュシュのすべて』岩井俊二監督の中二病レクイエム/ネタバレ・ラスト・結末感想: レビュー・アン・ローズ

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リリイ シュシュ

「リリイ・シュシュのすべて」という映画をご存知でしょうか。 「スワロウテイル」や「PiCNiC」、「花とアリス」など数々の映画を手掛けている「岩井俊二」監督の作品です。 この映画の中で「カリスマ歌姫」として描かれているのが「Lily Chou-chou リリィ・シュシュ 」というアーティスト。 そして、今回はこのLily Chou-chouのアルバム「呼吸」を紹介していこうと思います。 え? カリスマ歌姫って言っても劇中の設定なんでしょ? と思う方もいるかもしれませんが、Lily Chou-chouは映画を飛びだし実際にCDをリリースしています。 岩井俊二さんの映画は、劇中音楽の素晴らしさから登場人物達がそのまま現実世界で活躍する事も特徴です。 Lily Chou-chouに限らず「あいのうた」で大ヒットしたあの「YEN TOWN BAND Charaさんがボーカル 」も本来は「スワロウテイル」の劇中に登場する架空のバンドだったりします。 この記事の目次• 「呼吸」導入動画 呼吸の中から「飛べない翼」を紹介します。 神秘的で重厚な歌声で届けられる醜くも美しい歌詞と、残響感のあるダークなメロディで独特の世界観を創り上げています。 この世界観に引き込まれているからかもしれませんが、僕は彼女の歌を聴いていると思考が停止するような感覚に襲われます。 集中している訳ではないのですが、頭が真っ白になるのです。 映画の劇中音楽という枠に囚われない、アーティスト「Lily Chou-chou」のオリジナリティが詰まった本曲。 映画を見た事がない方は見る前と見た後で是非聴き比べてみてください。 きっとこの曲の捉え方が真逆になると思います。 僕はこの歌を聴くと、ただただ悲しさで胸が締め付けられます。 「Lily Chou-Chou」について Lily Chou-Chouとは映画「リリイ・シュシュのすべて」の劇中に登場する架空のシンガーソングライターのことですが、映画から生まれた同名の音楽ユニットも実在しています。 音楽ユニットとしてのLily Chou-Chouは、映画の音楽プロデューサーである小林武史さん、 岩井俊二監督、そして一人のシンガーを加えた3人体制となっています。 2000年の映画公開と連動して活動を開始し、2001年に活動を終了しました。 その後、映画公開10周年目の2010年から活動を再開。 このような背景から、劇中ではドビュッシーの音楽が多用されています。 「Lily Chou-Chou」の正体 映画公開時、Lily Chou-Chouの正体は公表されておらず、重厚かつソウルフルな歌声のみで世の中に衝撃を与えた歌姫の正体が「Salyu」さんだと判明したのは3年後の2004年でした。 実は、SalyuさんがLily Chou-Chouとして活動していたのは、音楽学校の学生時代でした。 もちろんデビューもしておらず、Lily Chou-Chouとしての活動が終了した後の3年間も学校に通いながら都内のライブハウスを中心に活動していました。 そして、2004年にソロデビューが決まり、ここで初めてLily Chou-Chouの正体が明かされたのです。 「呼吸」について 呼吸は音楽ユニットとしてのLily Chou-Chouがリリースしたアルバムです。 映画で使用された楽曲達が詰め込まれています。 映画のサウンドトラックと捉えられがちですが、あくまでLily Chou-Chouというアーティストがリリースしたアルバムという位置づけです。 ヘッドホンで聴いていると尚更なのですが、序曲であるアラベスクからLily Chou-Chou特有の世界観に引き込まれ、終曲のグライドまで頭の中が空っぽなまま聴き終わるという不思議なCDです。 うまく表現できないのが悔しいのですが、導入動画で書いた通り、感情を持っていかれて「思考が停止する」というのが一番しっくりくるのです。 洗脳とかかかったらこういう感じなのかなと思ってしまうような気持ち悪さを感じるほど、全曲クオリティが高く、Lily Chou-Chouというアーティストの世界観が統一されています。 1曲目「アラベスク」 まるで異国の言葉のように聴こえる歌詞は、沖縄の方言によって構成されています。 序曲として、キーボードの心地よい電子音とスローテンポの歌声がLily Chou-Chouの世界観へ聴く人を引き込んでいきます。 9曲目「グライド」 シングルカットもされ、ファンの間でも人気の高いのがこのグライドという曲です。 映画のエンディング曲であり、Lily Chou-Chouの代表曲でもあります。 アラベスク 2. 愛の実験 3. エロティック 4. 飛行船 5. 回復する傷 6. 飽和 7. 飛べない翼 8. 共鳴 空虚な石 9. グライド 映画「リリイ・シュシュのすべて」について リリイ・シュシュのすべては、インターネット小説を原作とした岩井俊二監督の日本映画です。 市原隼人さん、忍成修吾さん、蒼井優さん、高橋一生さんなどが出演し、2001年に公開されています。 学校で同級生にいじめを受け、カリスマ歌姫「Lily Chou-Chou」だけを拠り所として生きる中学生の少年と、その周りの少年少女達の物語です。 人間として成熟しきっていない中学生達が、いじめ、恐喝、万引き、援助交際、レイプ、殺人、自殺などの社会の闇へ悪戯に触れて破滅していく様が描かれています。 その破滅していく姿が、中学生ゆえの純粋さと社会の闇という明暗のコントラストにより、切なくも眩しいほど綺麗に表現されています。 テーマの重さから、ポップコーンを食べながら気軽に見ようというようなものではないですが、観終わった後に必ず何かしら心に残る素晴らしい映画です。 原作のインターネット小説について 原作のインターネット小説は、リリイ・シュシュの熱狂的なファンである「サティ」という人物が、2000年4月1日にリリイのファン・サイト「Lily Holic(リリイ・ホリック)」を開設したという設定 から始まります。 そして、この掲示板は閲覧している一般の人達も書き込みが可能であり、その一般人の書き込みも小説の一部として進行していくという実験的なものでした。 この設定に関する説明はサイトのトップ・ページに存在する「このサイトは小説です」という一文しかなく、 サイトの趣旨を理解しない書き込みや荒らしも存在しましたが、 多くの一般人が自身を「小説の登場人物」と理解した上で書き込みを行い、結果的に物語の世界を深めていきました。 今回紹介した「呼吸」はデビュー前のSalyuさんの素晴らしい歌声もあり映画音楽という枠を超えた素晴らしいアルバムとなっています。 音楽に感情を持っていかれ「思考が停止する」という不思議な感覚を是非味わってみてください。 タグ一覧:, あわせて読みたい関連記事.

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リリイ・シュシュのすべて : 作品情報

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リツプバンウィンクルと花とアリス観て感動して、これ観たのだが、ハズレでしたね。 それも、体調崩したくらい酷い。 いじめ、援交、レイプ、カツアゲ、自殺、殺し、何の脈絡も無く。 画面に、活字が飛ぶ、掲示板。 観にくい。 カメラが揺れる。 気分が悪くなる。 やたら、ノイズのような音響。 フラシュバツクの光がうざい。 頭を坊主の虎刈りにした女の子なんか意味あるのでしょうか? 気の抜けたような演技をする美人の担任の先生、中心人物なのにセリフが棒読みなのは、演出でしょうか? ただ、気分が悪くなる二時間半でした。 蒼井優は今も昔も変わらない、多分これからもずっと変わらない。 リロードのフラシュバツクと活字の洪水は、ヘタレなマトリックスでした。 観たのは1度きりです。 たしか中学生の頃でした。 一度観て、完全にトラウマになった作品です。 この作品が嫌いという人の気持ちはとても分かります。 ワタシも嫌いです。 でも二十年近く経っても時々思い出す。 それだけのインパクトがある作品です。 ジャンルや悪質性は違えど「Funny Games(1997:オーストリア)」のトラウマ感に似ているかも。。。 「子供ゆえの想像力の限界」を感じた作品でした。 彼らの社会、何をすればどう社会が動くか、誰が傷つくか、自分の行いによる影響における想像力の及ばなさ(彼らなりに彼らの知りうる社会の中で苦しみ、事情を抱え、考え、想像し、でも目の前の感情に負け)、を暴力的に描いていると感じました。 最後、彼の行為が暴かれるのは時間の問題で、やはり中学生くらいの少年の限界、を描いていたかなと。 観てもトラウマになるだけだし、あえてお勧めはしない、かなぁ、、、 あと関係ないけど、リリィ・シュシュの音楽も超暗い(大好きだけど)。 数年後、「彗星は見たこともないけれど」と踊りながら歌うsalyu(リリィ・シュシュ)のMVをみて、なんとなく救われた記憶があります。 古い映画だと感じるけれど、古い感じはしないし、格好良さも感じるので、長く残っていく作品なんだろうなーと思った。 ここから飛躍していった役者は少なくないとも思ったし、そういった面からも大きな影響力を持った映画だったんだなと感じた。 短絡的な暴力や性、そして軽い生と死の表現には非常に抵抗を感じたけれど、あくまでファッションだと思えば結構楽しめるのかもしれない。 実際、長くて粗い映像ながらも最後まで集中して見ていた。 ドキュメンタリータッチでナチュラル感を出そうという意図は感じたけれど、かえって違和感を覚えたし、人と人との関係性が非常によそよそしいものに見えてしまった。 まぁ現代における人間関係なんてそんなものかなとも思えるわけで、そういった意味では時代をうまく反映させた作品なのかもしれない。 どうしても好きになれない映画だけど、何かしらのメルクマールになるような作品だと認めざるを得ない。

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エーテルについて

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さて、この「」という映画のプロットを書いていきたいと思います。 そして夏休み、彼らと親密な友人何人かで沖縄旅行を計画する。 沖縄旅行の最中で起こった様々な事件や家庭での問題が起因してか、二学期が始まった頃、星野は凶暴化し、驚くべき豹変を遂げていた。 やがて、蓮見はいじめの標的になるだけでなく、利用されるようになり、万引きや等への加担を強要される。 そんな日常に鬱屈、悲嘆していた蓮見の唯一の救いそれは「」というアーティストの音楽を諦聴することである。 また、自分が開設、管理する「リリフィリア」というリリイシュシュに傾倒する人間が集合する板に心意を表出することでも、同じことが言える。 その板で蓮見は「 青猫」というハンドルネームのユーザーとに共鳴する。 急進的にカレートしてゆく、星野らの蛮行に利用され疲弊する蓮見は、リリイシュシュの音楽に安楽や解放を求めるも現実を甘受せざる得ない。 後に、リリイシュシュのライブの開催が決定し、蓮見は青猫を名乗る人物との、対面を約束する。 以上が少し、ネタバレを包含したプロットです。 僕が思うに、社会的には対極にあるとも言える星野と蓮見には、リリイシュシュというアーティストに心酔しているという点以外に或る、共通性が重要だと考えられる。 それは、精神の解放への渇望である。 また、この共通性は、を強いられている津田にも見られる特質でもある。 ここで確認しておかなければならない、頻出ワードがある。 それは「 」と言うものだ。 劇中では、感性の触媒、特別なオーラのようなもの、また、リリイはの覚醒者という記述もあった。 僕が思うにリリイシュシュというアーティストは錯覚であって、本質はこのという触媒なのではないか。 人間な元から持つ活力の源泉なるもの、それを意欲感などに転換する媒質。 つまりリリィは無力な偶像だ。 ライブでのインタビューを受ける、リリィに依存した自閉的なファンの様子がそれを物語っている。 劇中の板の投稿にも見られる、リリィの存在を神格化することに対する批判。 これがなかなか大きな要素であるように感じる。 これは多分、蓮見に教えてもらったリリィの音楽に感動したが、結局は何の救済にもならなかったという皮肉的な文章だろう。 リリィの音楽に依存し、欺瞞しても拭えない孤独感や絶望感。 そんな現実と音楽の世界観に生じるギャップが星野の変質を幇助したかのように感じる。 もう分かるかもしれないが、さらなる深淵にある物語の根幹それは、リリイの音楽ではどうしても解決しない酷薄な現状を抱える少年少女。 この第二の共通性こそがルファクターであるように思える。 そして彼らは独力で解放を実現しようとする。 会社が倒産し、一家離散。 いじめられっ子だったという過去も相乗してか、この状況から脱却し、解放されるべく暴力を身につけた星野。 に日々、憔悴し、自ら命を絶つことで解放を求めた津田。 星野は暗澹たる日常の主因である蓮見を殺害することによって解放を求めた。 ここで重要なのは彼等が自発的に、解決のために行動を起こしたという点にある。 つまり、リリイの音楽という媒質は、感受性を鋭敏にし、あらゆる事象に対して繊細になり、心からの共鳴を実感することによって、時には精神の安定化を促進することもだろう。 しかし、現実は変えられない。 触媒は触媒。 あくまで現象を増進させるためのクスリに過ぎない。 最終的に行動を起こすかは自分で判断するしかないというメタファーになっている。 リリイに対する盲信は、腐敗した日常の中では生きられない。 最後に〜 この作品が本当にリアルな14歳を投影できているか?なんてことは甚だ末梢的な話だと思う。 しかし、現実と乖離した、凄惨ないじめや、生徒の関係などを利用して、ここまで寓意的に人間の孤独と虚無を抱かせる映画は今まで観たことがない。 kouta1015229.

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