ナインティナイン。 矢部浩之、岡村への公開説教を語る「ナインティナインやから行った」(2020年7月19日)|BIGLOBEニュース

矢部浩之、岡村への公開説教を語る「ナインティナインやから行った」(2020年7月19日)|BIGLOBEニュース

ナインティナイン

メンバー [ ] 名前 担当 生年月日 出身地 ( おかむら たかし ) 1970-07-03 (50歳) ( やべ ひろゆき ) 1971-10-23 (48歳) 大阪府 来歴 [ ] 素人時代 [ ] 部の先輩後輩として出会う。 岡村(当時高1)は矢部の兄・(当時高2)とサッカー部の先輩後輩で面識があり、自宅へ招かれたところに矢部浩之(当時中3)がいたのが初対面となる。 後に矢部が同じ高校のサッカー部に所属し、練習中に矢部から岡村に「岡村さん、『』って見てはります? 僕あれ観てるとドキドキするんですよ。 」と話しかけたのが初めての会話である。 1990年、矢部が大学に失敗したことに伴い、当時に先にお笑い芸人として同社に所属していた矢部の兄・美幸の薦めから、矢部も芸人を志す。 矢部は吉本の芸人養成学校である NSC に入学を希望する際に、当時夜間部の学生だった岡村を誘う。 しかし、矢部はNSCへの願書の提出を忘れており、「お笑い芸人になるからには笑いの聖地を見学しに行こう」という理由でに足を運んだところ、その日がたまたまNSC入学希望者の二次面接の日で、提出忘れが発覚。 当時の担当者だった 現・吉本興業ホールディングス会長 にNSC入学希望の旨を伝えるも、当初は門前払いを食らったが面接終了まで待ち続けて頼み込み、何とか入学を許可してもらうことができた。 そして2人は、NSCに9期生(同期は、など)として入所する。 NSC在学 〜 プロデビュー [ ] コンビ結成時に最初に作ったネタは、岡村が、矢部がを担当していた。 しかしNSCでの最初の「ネタ見せ」の授業で、当時のNSC講師だった漫才作家の本多正識から「(ボケとツッコミが)逆やろ」と指摘されたことにより役割を交替している。 NSC在学中、NSC生が参加したお笑いのコンテスト「2丁目アマチュア大会」で優勝し、優勝特典である吉本興業が運営しているの舞台出演権を獲得する。 しかしその直後、先輩であるのや矢部の兄・美幸が「授業料はほとんど払わなかったけど許してもらえた」という経歴を聞いていた2人は、NSCを授業料未納のままで乗り切ろうとしていたところ、岡村いわく「自分たちの年から授業料未納に対する扱いが厳しくなった」とのことで、ナインティナインの2人は授業料未納によりNSC除籍処分を通告される。 2丁目劇場の舞台出演権を獲得しながらもNSC退学となってしまったことを報告するために、2丁目劇場の支配人であったのもとを訪れたところ、木山の厚意により2丁目劇場の舞台に立つことを許可される。 NSCサイドから「なぜクビになった二人が出演しているんだ」とクレームが来るが、木山は「うちらは面白い芸人をつくるのが仕事です。 面白いヤツは出します」などとフォロー。 最終的にNSCサイドから「ナインティナインを引き続き出演させる代わりに、NSC生のも出演させる」という条件を木山が受け入れる形で、ナインティナインは舞台に出演し続けることができた。 以降も舞台に出演し、NSC9期生の同期として、吉本興業所属の芸人となる。 東京進出後 [ ] 1991年、吉本の若手コンビ6組で構成されるユニット「」に加わり東京進出。 1992年には第13回最優秀新人賞を受賞し、頭角を現す。 程なくして、当時人気番組であった『』()の芸能人大会にコンビで出演した頃から人気・知名度が急上昇する。 1992年に『』から選抜されて、1993年に『』が放送開始。 1994年に「天素」から脱退。 理由としては、岡村曰く「ミーハーな女性ファンの多さに危機感を持った」とのこと。 その後、本格的に活動拠点を東京に置く。 東京本格進出1年目の1994年には放送時間こそばらばらなものの、『』『』『』と関東放送番組 3つのレギュラーになった。 途中『』のメインMCにも抜擢されていたがとぶくすり内の「うのうの団」ですぐ終わったと告げていた。 1995年に『』のレギュラー、『』『』が放送開始。 1996年10月に『』が放送開始。 1997年〜1999年『』放送開始。 このうち、『ナイナイのオールナイト』『ぐるナイ』『めちゃイケ』の3番組については以後15年以上続くロングランの番組となっている。 1999年にはゴロ合わせで「ナイナイの年」と銘打ち、映画出演や多数のライブイベントなどを精力的にこなした。 2004年、のと共に『』の総合司会を務めた。 岡村はこの番組の企画としてボクシングに挑戦。 本番にてと対戦した。 2010年、岡村が7月15日から体調不良を理由に休養に入ることを発表。 休養期間中のコンビ活動は休止となり、レギュラー番組には矢部が単独で出演していた。 岡村は約5ヶ月後の11月27日放送(24日収録)の『』にて復帰。 以降はその他の番組にも順次復帰を果たしている。 2011年、2月26日に放送された『めちゃイケ』ナインティナイン結成20周年記念SPで宣材を撮り直しした。 7月23日・24日に放送された『』で、マラソンランナーとなった矢部が語った心境で「5カ月近く休んでた相方がスタジオで大丈夫か、という心配もあった」と告白。 前年の岡村の病気休養について「一生戻ってこれない覚悟もしてた。 そもそも僕がこの世界に誘ったんで、こうなったのも僕のせいやって…」と自らを責めたことを明かし、「復帰後は高校のサッカー部時代に戻った感じ。 岡村の表情とか優しさとか…」と語った相方の姿に岡村は生放送中に号泣。 一緒に司会を務めたのに「岡村君、やべっちを迎えに行ったら?」と誘われた後、「テレビで泣いたらに怒られる」と言いつつそのまま矢部を迎えに行き、並走。 番組終了間際の20時50分、2人一緒にゴールした。 2013年3月27日、矢部が予てから交際していた元でフリーアナウンサーのと入籍。 2014年9月25日、『ナインティナインのオールナイトニッポン』終了、20年半と長い歴史に幕を閉じたとともに歴代最長記録を保持している。 翌週10月2日から岡村のみとなり『』が放送開始。 2015年、『』(フジテレビ系列)の総合司会をと共に務めた。 2018年3月31日、『めちゃイケ』放送終了。 2020年5月14日、『ナインティナインのオールナイトニッポン』放送再開。 コンビ結成30周年を迎える。 備考 [ ] コンビ名の由来 [ ] 岡村によると、コンビ名の由来は岡村が嗜んでいたの技のひとつである「1990(ナインティーンナインティ)」から引用している。 「の9期生2人だから」という説は、後付けとしている。 26年間はずっと、『ナインティンナイン』とコンビ名を書くものだと思っていた事が『』の企画「 日本一周の旅FINAL」で発覚した。 芸風 [ ] 初期は舞台を中心にやを行っていた。 岡村の全身を使ったダイナミックなボケと、矢部の「〜じゃないスか」などの冷静な「敬語ツッコミ」が特徴的。 ねるとん出演時にて、チビネタには、とんねるずにはハマっていた。 大阪から東京に活動の場を移してからはテレビのをメインに活動している。 岡村が常識的なことをあえて知らないフリをしたり勘違いしたまま暴走し、それを矢部が軽く突っ込みながらも岡村を泳がす「勘違いボケ」などを得意としている。 漫才のネタを考えるのは岡村の担当で、仕切りや司会などは矢部が担当している。 仕事の比率で言えば岡村の方の仕事量の負担が多く、ネタを考える岡村の横で矢部が、新聞や週刊誌を読んで休んでいることでケンカになることが多かった。 矢部は岡村が苦手としている仕切りや司会の仕事を矢部が練習もせずに見事にこなすこと、岡村のまじめにネタを考え、笑いに真剣に取り組んでいる部分、お互いに長所、短所をカバーしてコンビのバランスをとっている。 お笑いを目指すきっかけ [ ] 在学中だった当時は国家公務員を目指していた岡村だったが、それは「安定した職についてほしい」という父・治雄の勧めによるものであった。 矢部の誘いをきっかけに「俺は親父の敷いたレールの上を歩いていただけやった」(岡村談)と思い直し、お笑いへの方向転換を決意したという。 この時岡村の父は「隆史をヤクザの世界に誘いおって、矢部を絶対に許さへん! 」と大激怒し、その後矢部が岡村の家に遊びに行っても口を全く聞いてくれなかった。 岡村が休養したのをきっかけに、矢部は岡村の父から「矢部さん、本当に隆史を見捨てんといて下さい」と言われ、2人はメールでやり取りをする仲になったことを元マネージャーとの対談で語っている。 マネージャー [ ] ナインティナイン担当の歴代マネージャーはあだ名を付けられるのが恒例になっている。 命名は何故かの。 特にキャラクターが特徴的な人物は『』で面白いエピソードとして語られてしまうため、リスナーにもネタにされることが多い。 歴代マネージャーのあだ名には、河内マン(河内)・坪倉大臣(ツボクレンジャー、坪倉)・磯塚センターフライ(磯塚)・イトックス(伊藤)・なかなかじま(中島)・お茶子さん(中村)・満喫太郎(織田)・サトスター(佐藤)・居眠り姫(古瀬)・アジアンビューティー(土橋)・大森二等兵(大森)・ジム大谷(大谷)・なうかど(今門)・新車車谷(車谷)などがある。 新しいマネージャーが付いた際に、大阪時代のマネージャーが矢部のファンに手を出して吉本興業をクビになったことがオールナイトニッポンで必ず語られる。 ナイナイのオールナイトニッポンでよくマネージャーいじりをしていた。 坪倉がで唯一女性ボーカルで一度だけ参加したCA(あらいちか)と入籍したのを「嫁が野猿」と言ったり、アナウンサーのが週刊誌に「吉本のマネージャーKと熱愛(のちに結婚)」を岡村に「河内マンだと思う。 」と言われたが矢部に「(河内マネージャーが)体型ちゃうし、河内は角刈りやん!」といじられた。 ナイナイ会議 [ ] ナインティナインが今後どのような活動をしてゆくのか、壁にぶち当たったときなどに2人だけで会議がおこなわれている。 テレビやラジオ番組で会議がおこなわれる場合もあるが、それ以外に他人に知られたくない議題は主にメールでおこなうことになっている。 年齢と共に仕事への向き合い方での修正や活躍のしかた、コンビでの活動などが話し合われる。 ぐるぐるナインティナインでのゴチのクビ(謹慎) [ ]• 岡村はコーナー開始から4年3ヶ月でパート3の通算自腹額60万4,800円でクビとなった。 矢部はコーナー開始から10年3ヶ月でパート9の通算自腹額40万5100円で初のクビとなった。 これを境に矢部の成績は低迷してしまい、後述のたった1年でパート11の通算自腹額84万700円で2回連続の「繰上げのクビ(1位の佐々木が精算のため、2位の矢部が年間自腹トップでクビ)」2回目のクビだった。 そして、3年後のパート14の通算自腹額65万3200円でたった2年で3回目のクビとなった。 さらに挙句の果てに、4年後のパート18で最終戦では1位以外クビの状況の中、4位となってしまい、4回目のクビとなった。 さらにパート19では視聴者から「スペシャルメニューほ食材調達ロケを楽しんでるように見える」という指摘を受けスタッフが「クビの回数も多く、あのまま無条件で現場に戻すのはいかがなものだろうか」という理由で無条件復帰が許されておらず、パート20で復帰するには最終戦にてVIPチャレンジャー 2名のどちらかに誤差で勝たなければならないという特別ルールで矢部1人別室で特別参戦したが、結果VIP2名に負けた為、パート20での復帰が取り消しとなり、謹慎期間が1年延長となった。 パート20最終戦でも無条件復帰が許されておらず、昨年と同じくVIPチャレンジャー 2名のどちらかに誤差で勝てば復帰という特別ルールで矢部1人別室で特別参戦した。 結果はVIP2名に勝った為、パート21での復帰が決定した。 なお岡村はパート5、矢部はパート11で復帰した。 これはともに事情によりクビ以外のメンバーの欠員が出たため である。 その後、矢部はパート11・パート14でもクビとなったが、MCの特権で「1年間の謹慎処分」により全て翌年のシーズンには復帰 を果たしている。 しかし、パート19からはクビと復帰を繰り返す矢部が無条件での復帰が許されなくなったが、まだ1度しかクビになっていない岡村は自身がクビになった場合の「1年間の謹慎」が有効だと思われる。 矢部は、パート10では「ヤベチャンマン 」や、エキストラや、食材調達係を務めるなど、数秒しかテレビに映らない(1回の場合がほとんど)など不遇であるが、パート12ではSP料理争奪ゲームに出てくるお邪魔キャラ「ヤーモン」やトントンボーイ、おみや代を支払うメンバーを決める「ダーツマン」、パート15ではおみや代を支払うメンバーを決めるくじ引きのコーナーのMC 、パート19・20 ではSPメニューの食材調達係として出演していた。 岡村、矢部共々愛車がによって破壊されており、岡村はGTAを『』にて、の愛車()とともに外装をだらけにされ また、放送の『』で、岡村の車はこのせいでまったく動かなくなり、廃車を余儀なくされたことも明かした 、矢部はステーションワゴンのを放送の『』で破壊された。 受賞歴 [ ] 漫才 [ ]• : 第12回こども大賞受賞。 : 第13回最優秀新人賞受賞。 受賞後、司会の桂三枝(現・)にインタビューされ岡村は号泣。 また、この時の矢部は舞台で着る衣装がなく、2期先輩である()のジャケットを借りて挑んだ。 : 第22回銀賞受賞。 映画 [ ]• : 『』(監督は)で第39回 新人賞・作品賞を受賞。 : 『』でが第23回 話題賞・俳優部門受賞。 1999年 : 主演の香港映画『(モーマンタイ)』で第23回 話題賞・作品部門を受賞。 : 『』でが第34回話題賞・俳優部門受賞。 テレビ [ ]• : 第13回『』で岡村隆史が新人賞を受賞。 出演 [ ] 2019年12月現在、では『』(25年9ヶ月、系)という長寿番組のレギュラーを持つ。 「」および「」も参照 テレビ [ ] 現在 レギュラー番組• (1994年4月 - 、系、木曜 19:56 - 20:54) - MC• 『』のイメージカラーは岡村は 赤、矢部は 青。 スペシャル番組• (1995年・2008年1月1日 - 、系) - MC• (2015年5月 - 、フジテレビ系) - MC• (2011年12月 - 、フジテレビ系) - MC• (2014年10月 - 、系) - MC• ナインティナインの大予想スペシャル - MC(Amazonプライム・ビデオ)• ナイナイのコツコツ人生館(2019年2月3日 - 、)- MC 過去の出演番組• (1991年 - 1994年、日本テレビ)• (1994年、TBS)• (1994年4月 - 9月、)• ()岡村のみ• (1993年12月15日、)• (1994年、)• 超天然銀座(1994年、)• (1994年11月 - 1995年9月、フジテレビ)• (1995年4月 - 9月、フジテレビ)• お年玉スペシャル'94 笑う正月! ハッスルかましてよかですか!? (1994年1月1日、フジテレビ)• (1995年4月 - 1996年3月、TBS)• (1995年10月 - 1997年3月、フジテレビ)• (1995年10月 - 1997年3月)• (1995年・1996年)• (2014年3月31日)• (1996年10月 - 2018年3月 、フジテレビ) - メインキャスト• (1997年1月7日・2013年1月11日、フジテレビ)• ナインティナインのラジオ体操(2000年4月、テレビ朝日)• (2000年10月 - 2007年9月、日本テレビ) - MC• (企画)(2001年-2005年、日本テレビ)• (2001年12月31日)• ナイナイのカウントダウンで炎に突入せよ!! (2002年12月31日)• ナイナイ巨大丸太をカウントダウンで受け止めよ! スペシャル(2003年12月31日)• ナイナイの年越し最終章 炎の巨大ダルマに突入せよ!! (2004年12月31日)• ナイナイの夢と笑いが丸い地球を救うのだ!! (2005年12月31日)• (2007年10月 - 2010年3月、日本テレビ) - MC• (2011年11月 - 2014年3月、TBS) - MC• (2014年4月 - 9月、TBS)• (2015年4月 - 9月、TBS)• (2012年10月 - 2017年3月、日本テレビ) - MC• 第3期(2017年11月 - 2018年9月16日、テレビ朝日系) - レギュラー• (1990年12月、毎日放送)-「矢部・岡村」というコンビ名で出演。 (1994年5月20日・2007年10月9日、関西テレビ)• 今田・東野・ナイナイの芸能界ダメなら脱がねば(1994年10月1日、フジテレビ)• (1994年10月1日・1995年4月1日・1995年9月30日・1996年3月30日、TBS)• (1994年秋・1995年春、フジテレビ)• チームとして出場• (1996年春・秋、フジテレビ)• チーム(春)、チーム(秋)として出場• (1994年 - 、日本テレビ)• チーム(1994年春)、チーム(1995年秋 - )として出場• ブスでごめんね! -ホントの僕を君は知らない男女4P恋物語 オトナだって泣くんだよォ! (1994年、日本テレビ)• (1997年10月28日・2017年10月3日、日本テレビ)• (1998年、日本テレビ) - MC• ナイナイ世紀のタイムスリップショー(1999年4月5日、テレビ朝日) - MC• ナイナイのどっちが勝つか!? NGハプニング合戦生放送(1999年12月31日、日本テレビ) - MC• (1999年12月31日 - 2000年1月1日、フジテレビ) - 司会• ナインティナインだ!! 新番組をやらせろスペシャル(2000年4月6日・10月12日、テレビ朝日) - MC• ナイナイの世紀末イチ押し映像(2000年12月31日、日本テレビ) - MC• スペシャル! (2002年、日本テレビ)• ナイナイ・ニッポンが世界へ殴り込みSP!! (2002年9月20日、TBS)• ナイナイ奇跡の超魔術Mrオカックが大消滅スペシャル(2003年10月3日、日本テレビ)• (1999年4月1日・2004年7月15日・2007年2月8日・2011年9月29日・2013年9月26日・2015年7月2日、フジテレビ) - 「」「」「」「」などの数多くのコーナーに出演。 (2004年7月12日・2010年12月20日、関西テレビ・フジテレビ) - 「」に出演。 (フジテレビ) - 下記の3回は総合司会として出演。 それ以外の回でも一部のコーナーに出演。 (2004年7月24日・25日) - 総合司会• (2011年7月23日・24日) - 総合司会• (2015年7月25日・26日) - 総合司会• (2005年 - 2009年、TBS• ナイナイクリスマス!! ブチ抜き4時間生放送 日本国民1億3千万がきよしこの夜しあわせにな〜れスペシャル!! (2006年12月24日、TBS) - 司会• 寿ナイナイの世界! 行ったら思わず笑ってしまうとこスペシャル(2007年1月3日、日本テレビ) - 司会• 「」(2008年2月28日・4月24日・10月23日、日本テレビ) - MC• (2009年2月28日、フジテレビ)• ナインティナインの伝説アスリートグランプリ(2009年4月12日、テレビ朝日) - MC• 「ナインティナインの超体感クイズ CARS -カーズ-」(2009年8月11日、TBS)• (2009年10月10日、フジテレビ)• ナイナイが大表彰! 国民的アニバーサリー大ヒット博覧会SP(2011年2月24日、日本テレビ)• (2011年6月5日、フジテレビ)• ナインティナインのいっちょまえ! (2011年10月8日、) - 司会• (2015年7月19日 フジテレビ)• (2017年12月17日、日本テレビ) - MC• 人生の生前整理バラエティー あとはよろしくお願いします。 (2018年12月28日、テレビ朝日) - MC• (2019年10月6日、日本テレビ) - VTR出演• (2019年11月17日、日本テレビ) - 所長• (1998年1月2日 - 2019年1月2日、系) - コーナーレギュラー(志村・鶴瓶VSナイナイ英語禁止ボウリング)• (TBS系・) - 国民プロデューサー代表(MC)• 日本No. 1の達人が限界に挑戦! ナイナイNOリミット (2020年1月18日、系)- MC ドラマ• (2001年4月13日、テレビ朝日) - 会社員 役 アニメ• (2004年7月25日・2011年7月24日・2015年7月26日、フジテレビ) - 岡村隆史役(岡村)・矢部浩之役(矢部) ラジオ [ ] 現在• ((第1期)1994年4月 - 2014年9月、(第2期)2020年5月 - 、ニッポン放送系) 過去• 吉本印天然ラジオよしもとDAウー()• (1991年10月 - 1992年12月、)• 2014年10月 - 2020年5月 岡村のみで放送。 第1期と第2期の間繋ぎ番組で第1期をリスペクトした感じの内容。 映画 [ ]• (1995年)• (1996年) - 主演• (1998年) - 字幕監修 作品 [ ] ライブ [ ] 毎年を「ナインティナインの日」と位置付け、2人の地元である大阪で毎年同日に『』と題し2005年まで開催されていた。 詳細は『』を参照。 イベント [ ] 「歌謡祭in」(岡村のみ) 2015年から2019年まで開催。 ゲーム [ ]• オール吉本クイズ王決定戦DX• ( 1995年発売 ) - それぞれ森田和広(矢部)、沢松英二(岡村)役として出演。 ファンキーヘッドボクサーズ(1997年発売 )• ( 1999年発売 ) CM [ ]• 『マルちゃんラーメン横丁』(吉本印天然素材)• (吉本印天然素材)• 『アポロアイス』、『プッカ』、『きのこの山・たけのこの里』(ラジオCMは「ナインティナインのオールナイトニッポン」とのコラボレーション)• 『UCCオリジナル』• JRA 『GO! JRA Jockeyキャンペーン』• 『どん兵衛』• ポッカコーポレーション 『DRIVER』• 『』、『』• 『レーザーディスクプレイヤー』 吉本印天然素材• 『黒ラベル』、『ビバライフ』• (NICOS、と共演)• (と共演)• 『』(初代、と共演)• 『JOYCAMヒッパレー』• 『』 - HOT MARIO BROS. 、その他の企画で、岡村はマリオ、矢部はルイージに変身した。 以下4つのCMも同じ。 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』 - HOT MARIO BROS. ではない出演• 『CENTER FIELD 浦和美園』イメージキャラクター• 『NUDA』• 『ラーメン屋さん』(岡村)• 『DS タッチandダイレクト』• 『踊り子クリノッペ』『ブログ』(岡村)『ハコニワ』『ドリランド』(矢部)『釣りスタ』(両者だが別々)『』(両者)• 『』 岡村はトマール猿人、矢部は店員として出演。 『麦焼酎 かのか』• キリンビバレッジ『Mets COLA』• 『みーつ』• (2019年)• Dクリニック 『薄毛治療』(2019年8月29日) CD [ ]• 『愛した人はバツイチ』 ナインティナイン with ()• 『想い出がいっぱい』 岡村隆史(映画『無問題』主題歌、の広東語カヴァー)• 『無問題2 - オリジナル・サウンドトラック』• めちゃイケCD Vol. 1 書籍 [ ]• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 1〜スキャンダル事件史 94-99年 永久保存版 大年表 少年ナイフ編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 2〜お台場激闘史! 湾岸スキーヤー編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 3〜ナイナイと99人の女たち編』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 金 vol. 4G 』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 銀 vol. 4S 』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 5〜有楽町絶体絶命史 05-07年 永久保存版 大年表 ホワイトナイト編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 6〜絶体絶命 岡村隆史 08-10年 永久保存版 大年表 エバーグリーン編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインの上京物語』黒澤裕美(大和書房)(2012年) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• このうち『ジャングルTV 〜タモリの法則〜』はの東京支社制作扱い [ ]。 この回のVIPチャレンジャーはと• この回のVIPチャレンジャーはと• この煽りを受け、ナイナイの2人のどちらかがクビとなった後の次のシーズンではクビになるメンバーが通常の1人から2人に変更(新メンバーも加わるため)されるルールが採用された。 なお、新メンバーが2人加わったパート18でもこのルールが適用されている。 現時点で岡村のクビでこのルールが適用された事例は無い。 このルールでクビになったのはパート12はと、パート15はと、パート19(パート19では矢部の復帰有無関係無くクビが2人になるルールだった。 )ではと、パート20(パート20では矢部が復帰出来る場合はクビが2人、復帰出来なければ1人になるルールだった。 )ではと [ ]。 まれにレギュラー早期復帰をかけて特別参戦として岡村は2回(パート4のみ)、矢部は計6回(パート10・12・20では2回、パート19では最終戦の1回)参戦したが、どちらも果たせていない [ ]。 パート6開幕前の新メンバー入れ替え戦SPでも登場した。 パート20でも登場• パート19第4戦から青い全身タイツを着用し、パート20からは全身タイツに触角を加えて「ヤベチャンマン」として出演 出典 [ ]• 2015年7月15日. 2015年9月21日閲覧。 『』 [ ] 2008年5月、『ナインティナインのオールナイトニッポン』2008年10月30日より [ ]• 天素ビデオなど [ ]の岡村本人談• 株式会社 2015年9月19日. 2015年9月21日閲覧。 『ナインティナインの上京物語』 [ ]、2012年。 ただし、2014年2月に「」にゲスト出演した際に岡村がに直談判して出演曜日を固定しない不定期レギュラーとして2014年2月から番組終了の3月31日までの間、岡村のみ回数こそ少なかったが出演した。 矢部は妻のの妊娠と出産で忙しかった関係で不定期レギュラーを断った。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• (1987年 - )• (1987年)• (1987年 - 1993年・1996年)• (1987年 - 2000年)• (1988年 - 1989年)• (1990年 - 1992年・1996年 - 2003年・2005年 - 2007年・2017年・2020年 - )• (1987年 - 1990年・1992年 - 1996年・1998年 - 2001年・2004年 - 2013年)• (1990年 - 1992年)• (1991年)• (1992年 - 1995年・2019年)• (1992年 - 1994年)• (1996年・1998年 - 1999年)• (1992年 - 1994年)• (1992年)• (1994年)• (1994年)• (1995年・1997年・2009年)• (1995年)• (1995年・1997年・2002年 - 2006年、2011年 - )• (1997年)• (1997年 - 1998年)• (1998年 - 2004年)• (1998年)• (1998年)• (1998年・2001年・2004年 - 2005年・2008年 - 2015年)• (1998年 - 2000年・2007年・2011年 - 2014年)• (2000年・2007年)• (2001年 - 2007年・2011年 - 2012年・2015年)• (2001年 - 2003年・2006年)• (2001年 - 2003年・2005年)• (2001年)• (2002年)• (2003年)• (2004年・2011年 - 2012年・2015年)• (2004年・2008年 - 2012年)• (2005年)• (2005年)• (2005年)• (2006年)• (2006年 - 2012年・2016年)• (2006年 - 2011年)• (2006年 - 2007年)• (2008年・2014年)• (2008年・2019年)• (2008年 - 2010年)• (2009年 - 2010年)• (2009年 - 2012年)• (2009年 - 2010年)• (2011年 - 2013年・2016年 - 2018年)• (2011年 - 2013年)• (2011年)• (2011年)• (2011年・2015年)• (2011年)• (2012年)• (2011年 - 2012年)• (2011年 - )• (2012年・2014年)• (2012年)• (2013年)• (2013年)• (2013年)• (2013年)• (2014年・2016年)• (2015年)• (2016年 - )• (2016年 - 2018年)• (2016年)• (2016年)• (2016年 - 2017年)• (2016年)• (2017年)• (2017年)• (2017年)• (2017年)• (2017年 - )• (2017年 - )• (2018年 - )• (2019年) スピンオフ.

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ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン

ナインティナイン

テレビ朝日公式サイトより 新型コロナウイルスの感染拡大によって延期が決まった東京五輪。 その影響は各方面に広がり、芸能界でもタレントの死活問題になっているが、大物芸人・ナインティナインの矢部浩之もその例外ではないという。 「東京五輪の延期を受けて、テレビ朝日が、『やべっちF. ~日本サッカー応援宣言~』の打ち切りを検討しているんです。 もしそうなれば、矢部さんにとっては、死活問題でしょうね」(バラエティ制作会社プロデューサー) ナインティナインといえば、今年コンビ結成30周年を迎えたが、ここにきて、矢部と相方・岡村隆史とのコンビ格差が広がっている。 その『ぐるナイ』でも、矢部は、看板コーナー『グルメチキンレース ゴチになります』をクビになって、露出は激減しています」(テレビ関係者) 他方、岡村は、NHKの人気バラエティ番組『チコちゃんに叱られる! 』の出演をきっかけに再ブレイク。 現在は、関西ローカルを含め、レギュラー番組6本を抱え、ラジオでも、『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティを務めている。 「岡村は、俳優としても活躍の幅を広げています。 昨年、公開された映画『決算!忠臣蔵』では堤真一とW主演を果たし、日本アカデミー賞・優秀助演男優賞を受賞。 さらに、1月からスタートしたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では、のちの家康を守る忍び・菊丸を好演しています。 しかも、『アウト』は、会話が達者な山里にお株を奪われ、存在感の薄さは否めない。 唯一、矢部が存在感を発揮出来ているのは『やべっちFC』だけだが、それも現在、打ち切りが検討されているという。 「テレ朝は、番組視聴率こそ健闘していますが、広告収入がそれに比例せず、経営に苦しんでいます。 広告収益だけでは、賄えませんからね。 これまでにも打ち切りの話は浮上してきましたが、東京五輪が延期になったことで、いよいよこの放映権を手放すのではないかという情報が流れています」(スポーツ紙記者) 当初、7月の東京五輪中継までは継続が決まっていたという『やべっちFC』。 だが、ここにきて、打ち切りが急遽、現実味を帯びてきたという。 矢部にとっては死活問題だが、そこでテレビ朝日が救いの手を差し伸べたのではないかーーというのは、前出のバラエティ制作会社プロデューサーだ。 「もし、『やべっちFC』が打ち切りになれば、岡村との格差は開くばかりです。 そのため、先日放送された単発バラエティ『天命ナインティナイン』は、そんな矢部を救済するための番組だったのではないかと言われています」(前同) 4月10日に放送された『天命ナインティナイン』は、もうすぐ50歳になる岡村と矢部の2人が、VIO脱毛など、体を張ることを売りにしたバラエティで、目下のところ、今後の放送は未定だ。 大物芸人の救済番組といえば、『石橋貴明のたいむとんねる』を打ち切ったフジテレビが、新番組『石橋、薪を焚べる』を用意して話題を集めたが、果たして、矢部にも同じように救済の手が差し伸べられるのか?.

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ナインティナイン、解散か

ナインティナイン

メンバー [ ] 名前 担当 生年月日 出身地 ( おかむら たかし ) 1970-07-03 (50歳) ( やべ ひろゆき ) 1971-10-23 (48歳) 大阪府 来歴 [ ] 素人時代 [ ] 部の先輩後輩として出会う。 岡村(当時高1)は矢部の兄・(当時高2)とサッカー部の先輩後輩で面識があり、自宅へ招かれたところに矢部浩之(当時中3)がいたのが初対面となる。 後に矢部が同じ高校のサッカー部に所属し、練習中に矢部から岡村に「岡村さん、『』って見てはります? 僕あれ観てるとドキドキするんですよ。 」と話しかけたのが初めての会話である。 1990年、矢部が大学に失敗したことに伴い、当時に先にお笑い芸人として同社に所属していた矢部の兄・美幸の薦めから、矢部も芸人を志す。 矢部は吉本の芸人養成学校である NSC に入学を希望する際に、当時夜間部の学生だった岡村を誘う。 しかし、矢部はNSCへの願書の提出を忘れており、「お笑い芸人になるからには笑いの聖地を見学しに行こう」という理由でに足を運んだところ、その日がたまたまNSC入学希望者の二次面接の日で、提出忘れが発覚。 当時の担当者だった 現・吉本興業ホールディングス会長 にNSC入学希望の旨を伝えるも、当初は門前払いを食らったが面接終了まで待ち続けて頼み込み、何とか入学を許可してもらうことができた。 そして2人は、NSCに9期生(同期は、など)として入所する。 NSC在学 〜 プロデビュー [ ] コンビ結成時に最初に作ったネタは、岡村が、矢部がを担当していた。 しかしNSCでの最初の「ネタ見せ」の授業で、当時のNSC講師だった漫才作家の本多正識から「(ボケとツッコミが)逆やろ」と指摘されたことにより役割を交替している。 NSC在学中、NSC生が参加したお笑いのコンテスト「2丁目アマチュア大会」で優勝し、優勝特典である吉本興業が運営しているの舞台出演権を獲得する。 しかしその直後、先輩であるのや矢部の兄・美幸が「授業料はほとんど払わなかったけど許してもらえた」という経歴を聞いていた2人は、NSCを授業料未納のままで乗り切ろうとしていたところ、岡村いわく「自分たちの年から授業料未納に対する扱いが厳しくなった」とのことで、ナインティナインの2人は授業料未納によりNSC除籍処分を通告される。 2丁目劇場の舞台出演権を獲得しながらもNSC退学となってしまったことを報告するために、2丁目劇場の支配人であったのもとを訪れたところ、木山の厚意により2丁目劇場の舞台に立つことを許可される。 NSCサイドから「なぜクビになった二人が出演しているんだ」とクレームが来るが、木山は「うちらは面白い芸人をつくるのが仕事です。 面白いヤツは出します」などとフォロー。 最終的にNSCサイドから「ナインティナインを引き続き出演させる代わりに、NSC生のも出演させる」という条件を木山が受け入れる形で、ナインティナインは舞台に出演し続けることができた。 以降も舞台に出演し、NSC9期生の同期として、吉本興業所属の芸人となる。 東京進出後 [ ] 1991年、吉本の若手コンビ6組で構成されるユニット「」に加わり東京進出。 1992年には第13回最優秀新人賞を受賞し、頭角を現す。 程なくして、当時人気番組であった『』()の芸能人大会にコンビで出演した頃から人気・知名度が急上昇する。 1992年に『』から選抜されて、1993年に『』が放送開始。 1994年に「天素」から脱退。 理由としては、岡村曰く「ミーハーな女性ファンの多さに危機感を持った」とのこと。 その後、本格的に活動拠点を東京に置く。 東京本格進出1年目の1994年には放送時間こそばらばらなものの、『』『』『』と関東放送番組 3つのレギュラーになった。 途中『』のメインMCにも抜擢されていたがとぶくすり内の「うのうの団」ですぐ終わったと告げていた。 1995年に『』のレギュラー、『』『』が放送開始。 1996年10月に『』が放送開始。 1997年〜1999年『』放送開始。 このうち、『ナイナイのオールナイト』『ぐるナイ』『めちゃイケ』の3番組については以後15年以上続くロングランの番組となっている。 1999年にはゴロ合わせで「ナイナイの年」と銘打ち、映画出演や多数のライブイベントなどを精力的にこなした。 2004年、のと共に『』の総合司会を務めた。 岡村はこの番組の企画としてボクシングに挑戦。 本番にてと対戦した。 2010年、岡村が7月15日から体調不良を理由に休養に入ることを発表。 休養期間中のコンビ活動は休止となり、レギュラー番組には矢部が単独で出演していた。 岡村は約5ヶ月後の11月27日放送(24日収録)の『』にて復帰。 以降はその他の番組にも順次復帰を果たしている。 2011年、2月26日に放送された『めちゃイケ』ナインティナイン結成20周年記念SPで宣材を撮り直しした。 7月23日・24日に放送された『』で、マラソンランナーとなった矢部が語った心境で「5カ月近く休んでた相方がスタジオで大丈夫か、という心配もあった」と告白。 前年の岡村の病気休養について「一生戻ってこれない覚悟もしてた。 そもそも僕がこの世界に誘ったんで、こうなったのも僕のせいやって…」と自らを責めたことを明かし、「復帰後は高校のサッカー部時代に戻った感じ。 岡村の表情とか優しさとか…」と語った相方の姿に岡村は生放送中に号泣。 一緒に司会を務めたのに「岡村君、やべっちを迎えに行ったら?」と誘われた後、「テレビで泣いたらに怒られる」と言いつつそのまま矢部を迎えに行き、並走。 番組終了間際の20時50分、2人一緒にゴールした。 2013年3月27日、矢部が予てから交際していた元でフリーアナウンサーのと入籍。 2014年9月25日、『ナインティナインのオールナイトニッポン』終了、20年半と長い歴史に幕を閉じたとともに歴代最長記録を保持している。 翌週10月2日から岡村のみとなり『』が放送開始。 2015年、『』(フジテレビ系列)の総合司会をと共に務めた。 2018年3月31日、『めちゃイケ』放送終了。 2020年5月14日、『ナインティナインのオールナイトニッポン』放送再開。 コンビ結成30周年を迎える。 備考 [ ] コンビ名の由来 [ ] 岡村によると、コンビ名の由来は岡村が嗜んでいたの技のひとつである「1990(ナインティーンナインティ)」から引用している。 「の9期生2人だから」という説は、後付けとしている。 26年間はずっと、『ナインティンナイン』とコンビ名を書くものだと思っていた事が『』の企画「 日本一周の旅FINAL」で発覚した。 芸風 [ ] 初期は舞台を中心にやを行っていた。 岡村の全身を使ったダイナミックなボケと、矢部の「〜じゃないスか」などの冷静な「敬語ツッコミ」が特徴的。 ねるとん出演時にて、チビネタには、とんねるずにはハマっていた。 大阪から東京に活動の場を移してからはテレビのをメインに活動している。 岡村が常識的なことをあえて知らないフリをしたり勘違いしたまま暴走し、それを矢部が軽く突っ込みながらも岡村を泳がす「勘違いボケ」などを得意としている。 漫才のネタを考えるのは岡村の担当で、仕切りや司会などは矢部が担当している。 仕事の比率で言えば岡村の方の仕事量の負担が多く、ネタを考える岡村の横で矢部が、新聞や週刊誌を読んで休んでいることでケンカになることが多かった。 矢部は岡村が苦手としている仕切りや司会の仕事を矢部が練習もせずに見事にこなすこと、岡村のまじめにネタを考え、笑いに真剣に取り組んでいる部分、お互いに長所、短所をカバーしてコンビのバランスをとっている。 お笑いを目指すきっかけ [ ] 在学中だった当時は国家公務員を目指していた岡村だったが、それは「安定した職についてほしい」という父・治雄の勧めによるものであった。 矢部の誘いをきっかけに「俺は親父の敷いたレールの上を歩いていただけやった」(岡村談)と思い直し、お笑いへの方向転換を決意したという。 この時岡村の父は「隆史をヤクザの世界に誘いおって、矢部を絶対に許さへん! 」と大激怒し、その後矢部が岡村の家に遊びに行っても口を全く聞いてくれなかった。 岡村が休養したのをきっかけに、矢部は岡村の父から「矢部さん、本当に隆史を見捨てんといて下さい」と言われ、2人はメールでやり取りをする仲になったことを元マネージャーとの対談で語っている。 マネージャー [ ] ナインティナイン担当の歴代マネージャーはあだ名を付けられるのが恒例になっている。 命名は何故かの。 特にキャラクターが特徴的な人物は『』で面白いエピソードとして語られてしまうため、リスナーにもネタにされることが多い。 歴代マネージャーのあだ名には、河内マン(河内)・坪倉大臣(ツボクレンジャー、坪倉)・磯塚センターフライ(磯塚)・イトックス(伊藤)・なかなかじま(中島)・お茶子さん(中村)・満喫太郎(織田)・サトスター(佐藤)・居眠り姫(古瀬)・アジアンビューティー(土橋)・大森二等兵(大森)・ジム大谷(大谷)・なうかど(今門)・新車車谷(車谷)などがある。 新しいマネージャーが付いた際に、大阪時代のマネージャーが矢部のファンに手を出して吉本興業をクビになったことがオールナイトニッポンで必ず語られる。 ナイナイのオールナイトニッポンでよくマネージャーいじりをしていた。 坪倉がで唯一女性ボーカルで一度だけ参加したCA(あらいちか)と入籍したのを「嫁が野猿」と言ったり、アナウンサーのが週刊誌に「吉本のマネージャーKと熱愛(のちに結婚)」を岡村に「河内マンだと思う。 」と言われたが矢部に「(河内マネージャーが)体型ちゃうし、河内は角刈りやん!」といじられた。 ナイナイ会議 [ ] ナインティナインが今後どのような活動をしてゆくのか、壁にぶち当たったときなどに2人だけで会議がおこなわれている。 テレビやラジオ番組で会議がおこなわれる場合もあるが、それ以外に他人に知られたくない議題は主にメールでおこなうことになっている。 年齢と共に仕事への向き合い方での修正や活躍のしかた、コンビでの活動などが話し合われる。 ぐるぐるナインティナインでのゴチのクビ(謹慎) [ ]• 岡村はコーナー開始から4年3ヶ月でパート3の通算自腹額60万4,800円でクビとなった。 矢部はコーナー開始から10年3ヶ月でパート9の通算自腹額40万5100円で初のクビとなった。 これを境に矢部の成績は低迷してしまい、後述のたった1年でパート11の通算自腹額84万700円で2回連続の「繰上げのクビ(1位の佐々木が精算のため、2位の矢部が年間自腹トップでクビ)」2回目のクビだった。 そして、3年後のパート14の通算自腹額65万3200円でたった2年で3回目のクビとなった。 さらに挙句の果てに、4年後のパート18で最終戦では1位以外クビの状況の中、4位となってしまい、4回目のクビとなった。 さらにパート19では視聴者から「スペシャルメニューほ食材調達ロケを楽しんでるように見える」という指摘を受けスタッフが「クビの回数も多く、あのまま無条件で現場に戻すのはいかがなものだろうか」という理由で無条件復帰が許されておらず、パート20で復帰するには最終戦にてVIPチャレンジャー 2名のどちらかに誤差で勝たなければならないという特別ルールで矢部1人別室で特別参戦したが、結果VIP2名に負けた為、パート20での復帰が取り消しとなり、謹慎期間が1年延長となった。 パート20最終戦でも無条件復帰が許されておらず、昨年と同じくVIPチャレンジャー 2名のどちらかに誤差で勝てば復帰という特別ルールで矢部1人別室で特別参戦した。 結果はVIP2名に勝った為、パート21での復帰が決定した。 なお岡村はパート5、矢部はパート11で復帰した。 これはともに事情によりクビ以外のメンバーの欠員が出たため である。 その後、矢部はパート11・パート14でもクビとなったが、MCの特権で「1年間の謹慎処分」により全て翌年のシーズンには復帰 を果たしている。 しかし、パート19からはクビと復帰を繰り返す矢部が無条件での復帰が許されなくなったが、まだ1度しかクビになっていない岡村は自身がクビになった場合の「1年間の謹慎」が有効だと思われる。 矢部は、パート10では「ヤベチャンマン 」や、エキストラや、食材調達係を務めるなど、数秒しかテレビに映らない(1回の場合がほとんど)など不遇であるが、パート12ではSP料理争奪ゲームに出てくるお邪魔キャラ「ヤーモン」やトントンボーイ、おみや代を支払うメンバーを決める「ダーツマン」、パート15ではおみや代を支払うメンバーを決めるくじ引きのコーナーのMC 、パート19・20 ではSPメニューの食材調達係として出演していた。 岡村、矢部共々愛車がによって破壊されており、岡村はGTAを『』にて、の愛車()とともに外装をだらけにされ また、放送の『』で、岡村の車はこのせいでまったく動かなくなり、廃車を余儀なくされたことも明かした 、矢部はステーションワゴンのを放送の『』で破壊された。 受賞歴 [ ] 漫才 [ ]• : 第12回こども大賞受賞。 : 第13回最優秀新人賞受賞。 受賞後、司会の桂三枝(現・)にインタビューされ岡村は号泣。 また、この時の矢部は舞台で着る衣装がなく、2期先輩である()のジャケットを借りて挑んだ。 : 第22回銀賞受賞。 映画 [ ]• : 『』(監督は)で第39回 新人賞・作品賞を受賞。 : 『』でが第23回 話題賞・俳優部門受賞。 1999年 : 主演の香港映画『(モーマンタイ)』で第23回 話題賞・作品部門を受賞。 : 『』でが第34回話題賞・俳優部門受賞。 テレビ [ ]• : 第13回『』で岡村隆史が新人賞を受賞。 出演 [ ] 2019年12月現在、では『』(25年9ヶ月、系)という長寿番組のレギュラーを持つ。 「」および「」も参照 テレビ [ ] 現在 レギュラー番組• (1994年4月 - 、系、木曜 19:56 - 20:54) - MC• 『』のイメージカラーは岡村は 赤、矢部は 青。 スペシャル番組• (1995年・2008年1月1日 - 、系) - MC• (2015年5月 - 、フジテレビ系) - MC• (2011年12月 - 、フジテレビ系) - MC• (2014年10月 - 、系) - MC• ナインティナインの大予想スペシャル - MC(Amazonプライム・ビデオ)• ナイナイのコツコツ人生館(2019年2月3日 - 、)- MC 過去の出演番組• (1991年 - 1994年、日本テレビ)• (1994年、TBS)• (1994年4月 - 9月、)• ()岡村のみ• (1993年12月15日、)• (1994年、)• 超天然銀座(1994年、)• (1994年11月 - 1995年9月、フジテレビ)• (1995年4月 - 9月、フジテレビ)• お年玉スペシャル'94 笑う正月! ハッスルかましてよかですか!? (1994年1月1日、フジテレビ)• (1995年4月 - 1996年3月、TBS)• (1995年10月 - 1997年3月、フジテレビ)• (1995年10月 - 1997年3月)• (1995年・1996年)• (2014年3月31日)• (1996年10月 - 2018年3月 、フジテレビ) - メインキャスト• (1997年1月7日・2013年1月11日、フジテレビ)• ナインティナインのラジオ体操(2000年4月、テレビ朝日)• (2000年10月 - 2007年9月、日本テレビ) - MC• (企画)(2001年-2005年、日本テレビ)• (2001年12月31日)• ナイナイのカウントダウンで炎に突入せよ!! (2002年12月31日)• ナイナイ巨大丸太をカウントダウンで受け止めよ! スペシャル(2003年12月31日)• ナイナイの年越し最終章 炎の巨大ダルマに突入せよ!! (2004年12月31日)• ナイナイの夢と笑いが丸い地球を救うのだ!! (2005年12月31日)• (2007年10月 - 2010年3月、日本テレビ) - MC• (2011年11月 - 2014年3月、TBS) - MC• (2014年4月 - 9月、TBS)• (2015年4月 - 9月、TBS)• (2012年10月 - 2017年3月、日本テレビ) - MC• 第3期(2017年11月 - 2018年9月16日、テレビ朝日系) - レギュラー• (1990年12月、毎日放送)-「矢部・岡村」というコンビ名で出演。 (1994年5月20日・2007年10月9日、関西テレビ)• 今田・東野・ナイナイの芸能界ダメなら脱がねば(1994年10月1日、フジテレビ)• (1994年10月1日・1995年4月1日・1995年9月30日・1996年3月30日、TBS)• (1994年秋・1995年春、フジテレビ)• チームとして出場• (1996年春・秋、フジテレビ)• チーム(春)、チーム(秋)として出場• (1994年 - 、日本テレビ)• チーム(1994年春)、チーム(1995年秋 - )として出場• ブスでごめんね! -ホントの僕を君は知らない男女4P恋物語 オトナだって泣くんだよォ! (1994年、日本テレビ)• (1997年10月28日・2017年10月3日、日本テレビ)• (1998年、日本テレビ) - MC• ナイナイ世紀のタイムスリップショー(1999年4月5日、テレビ朝日) - MC• ナイナイのどっちが勝つか!? NGハプニング合戦生放送(1999年12月31日、日本テレビ) - MC• (1999年12月31日 - 2000年1月1日、フジテレビ) - 司会• ナインティナインだ!! 新番組をやらせろスペシャル(2000年4月6日・10月12日、テレビ朝日) - MC• ナイナイの世紀末イチ押し映像(2000年12月31日、日本テレビ) - MC• スペシャル! (2002年、日本テレビ)• ナイナイ・ニッポンが世界へ殴り込みSP!! (2002年9月20日、TBS)• ナイナイ奇跡の超魔術Mrオカックが大消滅スペシャル(2003年10月3日、日本テレビ)• (1999年4月1日・2004年7月15日・2007年2月8日・2011年9月29日・2013年9月26日・2015年7月2日、フジテレビ) - 「」「」「」「」などの数多くのコーナーに出演。 (2004年7月12日・2010年12月20日、関西テレビ・フジテレビ) - 「」に出演。 (フジテレビ) - 下記の3回は総合司会として出演。 それ以外の回でも一部のコーナーに出演。 (2004年7月24日・25日) - 総合司会• (2011年7月23日・24日) - 総合司会• (2015年7月25日・26日) - 総合司会• (2005年 - 2009年、TBS• ナイナイクリスマス!! ブチ抜き4時間生放送 日本国民1億3千万がきよしこの夜しあわせにな〜れスペシャル!! (2006年12月24日、TBS) - 司会• 寿ナイナイの世界! 行ったら思わず笑ってしまうとこスペシャル(2007年1月3日、日本テレビ) - 司会• 「」(2008年2月28日・4月24日・10月23日、日本テレビ) - MC• (2009年2月28日、フジテレビ)• ナインティナインの伝説アスリートグランプリ(2009年4月12日、テレビ朝日) - MC• 「ナインティナインの超体感クイズ CARS -カーズ-」(2009年8月11日、TBS)• (2009年10月10日、フジテレビ)• ナイナイが大表彰! 国民的アニバーサリー大ヒット博覧会SP(2011年2月24日、日本テレビ)• (2011年6月5日、フジテレビ)• ナインティナインのいっちょまえ! (2011年10月8日、) - 司会• (2015年7月19日 フジテレビ)• (2017年12月17日、日本テレビ) - MC• 人生の生前整理バラエティー あとはよろしくお願いします。 (2018年12月28日、テレビ朝日) - MC• (2019年10月6日、日本テレビ) - VTR出演• (2019年11月17日、日本テレビ) - 所長• (1998年1月2日 - 2019年1月2日、系) - コーナーレギュラー(志村・鶴瓶VSナイナイ英語禁止ボウリング)• (TBS系・) - 国民プロデューサー代表(MC)• 日本No. 1の達人が限界に挑戦! ナイナイNOリミット (2020年1月18日、系)- MC ドラマ• (2001年4月13日、テレビ朝日) - 会社員 役 アニメ• (2004年7月25日・2011年7月24日・2015年7月26日、フジテレビ) - 岡村隆史役(岡村)・矢部浩之役(矢部) ラジオ [ ] 現在• ((第1期)1994年4月 - 2014年9月、(第2期)2020年5月 - 、ニッポン放送系) 過去• 吉本印天然ラジオよしもとDAウー()• (1991年10月 - 1992年12月、)• 2014年10月 - 2020年5月 岡村のみで放送。 第1期と第2期の間繋ぎ番組で第1期をリスペクトした感じの内容。 映画 [ ]• (1995年)• (1996年) - 主演• (1998年) - 字幕監修 作品 [ ] ライブ [ ] 毎年を「ナインティナインの日」と位置付け、2人の地元である大阪で毎年同日に『』と題し2005年まで開催されていた。 詳細は『』を参照。 イベント [ ] 「歌謡祭in」(岡村のみ) 2015年から2019年まで開催。 ゲーム [ ]• オール吉本クイズ王決定戦DX• ( 1995年発売 ) - それぞれ森田和広(矢部)、沢松英二(岡村)役として出演。 ファンキーヘッドボクサーズ(1997年発売 )• ( 1999年発売 ) CM [ ]• 『マルちゃんラーメン横丁』(吉本印天然素材)• (吉本印天然素材)• 『アポロアイス』、『プッカ』、『きのこの山・たけのこの里』(ラジオCMは「ナインティナインのオールナイトニッポン」とのコラボレーション)• 『UCCオリジナル』• JRA 『GO! JRA Jockeyキャンペーン』• 『どん兵衛』• ポッカコーポレーション 『DRIVER』• 『』、『』• 『レーザーディスクプレイヤー』 吉本印天然素材• 『黒ラベル』、『ビバライフ』• (NICOS、と共演)• (と共演)• 『』(初代、と共演)• 『JOYCAMヒッパレー』• 『』 - HOT MARIO BROS. 、その他の企画で、岡村はマリオ、矢部はルイージに変身した。 以下4つのCMも同じ。 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』• 任天堂 『』 - HOT MARIO BROS. ではない出演• 『CENTER FIELD 浦和美園』イメージキャラクター• 『NUDA』• 『ラーメン屋さん』(岡村)• 『DS タッチandダイレクト』• 『踊り子クリノッペ』『ブログ』(岡村)『ハコニワ』『ドリランド』(矢部)『釣りスタ』(両者だが別々)『』(両者)• 『』 岡村はトマール猿人、矢部は店員として出演。 『麦焼酎 かのか』• キリンビバレッジ『Mets COLA』• 『みーつ』• (2019年)• Dクリニック 『薄毛治療』(2019年8月29日) CD [ ]• 『愛した人はバツイチ』 ナインティナイン with ()• 『想い出がいっぱい』 岡村隆史(映画『無問題』主題歌、の広東語カヴァー)• 『無問題2 - オリジナル・サウンドトラック』• めちゃイケCD Vol. 1 書籍 [ ]• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 1〜スキャンダル事件史 94-99年 永久保存版 大年表 少年ナイフ編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 2〜お台場激闘史! 湾岸スキーヤー編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 3〜ナイナイと99人の女たち編』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 金 vol. 4G 』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 銀 vol. 4S 』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 5〜有楽町絶体絶命史 05-07年 永久保存版 大年表 ホワイトナイト編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol. 6〜絶体絶命 岡村隆史 08-10年 永久保存版 大年表 エバーグリーン編〜』(ヨシモトブックス、発売、税込み1,000円)• 『ナインティナインの上京物語』黒澤裕美(大和書房)(2012年) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• このうち『ジャングルTV 〜タモリの法則〜』はの東京支社制作扱い [ ]。 この回のVIPチャレンジャーはと• この回のVIPチャレンジャーはと• この煽りを受け、ナイナイの2人のどちらかがクビとなった後の次のシーズンではクビになるメンバーが通常の1人から2人に変更(新メンバーも加わるため)されるルールが採用された。 なお、新メンバーが2人加わったパート18でもこのルールが適用されている。 現時点で岡村のクビでこのルールが適用された事例は無い。 このルールでクビになったのはパート12はと、パート15はと、パート19(パート19では矢部の復帰有無関係無くクビが2人になるルールだった。 )ではと、パート20(パート20では矢部が復帰出来る場合はクビが2人、復帰出来なければ1人になるルールだった。 )ではと [ ]。 まれにレギュラー早期復帰をかけて特別参戦として岡村は2回(パート4のみ)、矢部は計6回(パート10・12・20では2回、パート19では最終戦の1回)参戦したが、どちらも果たせていない [ ]。 パート6開幕前の新メンバー入れ替え戦SPでも登場した。 パート20でも登場• パート19第4戦から青い全身タイツを着用し、パート20からは全身タイツに触角を加えて「ヤベチャンマン」として出演 出典 [ ]• 2015年7月15日. 2015年9月21日閲覧。 『』 [ ] 2008年5月、『ナインティナインのオールナイトニッポン』2008年10月30日より [ ]• 天素ビデオなど [ ]の岡村本人談• 株式会社 2015年9月19日. 2015年9月21日閲覧。 『ナインティナインの上京物語』 [ ]、2012年。 ただし、2014年2月に「」にゲスト出演した際に岡村がに直談判して出演曜日を固定しない不定期レギュラーとして2014年2月から番組終了の3月31日までの間、岡村のみ回数こそ少なかったが出演した。 矢部は妻のの妊娠と出産で忙しかった関係で不定期レギュラーを断った。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• (1987年 - )• (1987年)• (1987年 - 1993年・1996年)• (1987年 - 2000年)• (1988年 - 1989年)• (1990年 - 1992年・1996年 - 2003年・2005年 - 2007年・2017年・2020年 - )• (1987年 - 1990年・1992年 - 1996年・1998年 - 2001年・2004年 - 2013年)• (1990年 - 1992年)• (1991年)• (1992年 - 1995年・2019年)• (1992年 - 1994年)• (1996年・1998年 - 1999年)• (1992年 - 1994年)• (1992年)• (1994年)• (1994年)• (1995年・1997年・2009年)• (1995年)• (1995年・1997年・2002年 - 2006年、2011年 - )• (1997年)• (1997年 - 1998年)• (1998年 - 2004年)• (1998年)• (1998年)• (1998年・2001年・2004年 - 2005年・2008年 - 2015年)• (1998年 - 2000年・2007年・2011年 - 2014年)• (2000年・2007年)• (2001年 - 2007年・2011年 - 2012年・2015年)• (2001年 - 2003年・2006年)• (2001年 - 2003年・2005年)• (2001年)• (2002年)• (2003年)• (2004年・2011年 - 2012年・2015年)• (2004年・2008年 - 2012年)• (2005年)• (2005年)• (2005年)• (2006年)• (2006年 - 2012年・2016年)• (2006年 - 2011年)• (2006年 - 2007年)• (2008年・2014年)• (2008年・2019年)• (2008年 - 2010年)• (2009年 - 2010年)• (2009年 - 2012年)• (2009年 - 2010年)• (2011年 - 2013年・2016年 - 2018年)• (2011年 - 2013年)• (2011年)• (2011年)• (2011年・2015年)• (2011年)• (2012年)• (2011年 - 2012年)• (2011年 - )• (2012年・2014年)• (2012年)• (2013年)• (2013年)• (2013年)• (2013年)• (2014年・2016年)• (2015年)• (2016年 - )• (2016年 - 2018年)• (2016年)• (2016年)• (2016年 - 2017年)• (2016年)• (2017年)• (2017年)• (2017年)• (2017年)• (2017年 - )• (2017年 - )• (2018年 - )• (2019年) スピンオフ.

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